●歌は、「勝鹿の真間の井見れば立ち平し水汲ましけむ手児名し思ほゆ (高橋虫麻呂 9-1808)」である。
【真間の井】
「高橋虫麻呂歌集(巻九‐一八〇八)(歌は省略) 葛飾(かつしか)はもとの東葛飾郡の地だけでなく、埼玉県北葛飾郡や東京都江戸川・葛飾両区にもわたる江戸川流域東西の地であった。『まま』はもともと東国で崖のことだが、ここでは市川市国府台(こうのだい)の南の崖下にあたる真間(まま)町一帯の地である。当時この真間に妻争伝説の真間の手児奈の伝説があった。『手児』は東国語で娘子(おとめ)のこと、『奈』は愛称だが、この場合伝説上の美女をさしている。娘子は多くの男に思われたがなびかずに入水したというような話があって、国府に近いだけに物語化され理想化されて世にきこえていたのであろう。伝説は土地の人にもうたわれ(東歌)、山部赤人は手児奈の墓と伝えるところで感激と感傷の作(巻三)をなし、高橋虫麻呂はこの地に来て、空想力を駆使して劇的な物語を展開して見せている。この歌はその反歌で、手児奈がいつも水汲みに来ていた場面を思い描いているのだ。・・・こんにち・・・手児奈の墓を伝える手児奈堂が安産の守り神となっており、そこと道をへだてた北隣の亀井院の・・・寺院の横の空き地に真間の井を伝えている。」(「万葉の旅 中 近畿・東海・東国」 犬養 孝 著 平凡社ライブラリーより)
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巻九 一八〇八歌巻九 一八〇八歌をみていこう。
■巻九 一八〇八歌■
題詞は、「詠勝鹿真間娘子歌一首幷短歌」<勝鹿(かつしか)の真間(まま)の娘子(をとめ)を詠む歌一首 幷せて短歌>である。
(注)勝鹿:江戸川の下流、東京湾に至るまでの周辺の地。(伊藤脚注)
(注)真間娘子:千葉県市川市真間あたりの伝説上の娘子。(伊藤脚注)
◆勝壮鹿之 真間之井見者 立平之 水挹家武 手兒名之所念
(高橋虫麻呂 巻九 一八〇八)
≪書き下し≫勝鹿(かつしか)の真間(まま)の井(ゐ)見れば立ち平(なら)し水汲(く)ましけむ手児名(てごな)し思(おも)ほゆ
(訳)勝鹿の真間の井を見ると、毎日何度もやって来ては、ここで水を汲んでおられたという手児名が偲(しの)ばれてならない。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
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(注)立ち平し:地面が平らになるほど何度も来て立って。(伊藤脚注)
(注の注)たちならす 【立ち均す・立ち平す】他動詞:地面を平らにするほど行き来する。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)手児名:女への愛称。「手児」は手に抱く子が原義だが、ここはいとしい娘子の意。「名」は愛称の接尾語。(伊藤脚注)
この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2795)」で、千葉県市川市真間 手児奈堂万葉歌碑とともに紹介している。
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「『手児奈霊堂』説明案内板」には、山部赤人の歌が書かれているが、拙稿ブログ「万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2308)―」で、富山県氷見市葛葉 臼が峰山頂公園地蔵園地万葉歌碑とともに四三一から四三三歌を紹介している。上述の高橋虫麻呂の一八〇七、一八〇八歌もあわせて紹介している。
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(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉の旅 中 近畿・東海・東国」 犬養 孝 著 (平凡社ライブラリー)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」