●歌は、「越の海の手結が浦を旅にして見れば羨しみ大和偲ひつ(笠金村 3-376)」である。
【手結が浦】
「笠金村(巻三‐三六七)(歌は省略)愛発(あらち)山から敦賀(つるが)(古代には角鹿(つのが)に出れば、敦賀は北陸道の咽頭部であるのはもちろん、はやくから大陸との交通のひらけた要津であった。これは記紀の記載にも見られる。敦賀から北陸へは敦賀湾東岸に沿うて田結(たい)・松が岬・五幡(いつはた)・杉津(すいづ)と北へ進む。・・・断崖をきりひらいた危険な悪路つづきで古代の難路・・・したがって角鹿(つのが)の津から海路による場合も多かったらしい。万葉第三期の人笠金村は角鹿の浜を出船し、手結(たゆい)が浦の沖合からあまおとめの塩焼く煙を望見して郷愁の情を長歌に託した。この歌はその反歌で、『ともし』は心ひかれるたまらない気持ちをいう。『手結(たゆひ)が浦』はいまの田結(たひ)の海浜で、古代には製塩が行われここの塩は皇室の料として近江の塩津から大和へとはこばれていた。田結は敦賀市街から四キロ、毬山(まりやま)の田結(たい)崎から赤崎にいたる湾入部にある。)(「万葉の旅 下 山陽・四国・九州・山陰・北陸」 犬養 孝 著 平凡社ライブラリーより)
|
万葉の旅(下)改訂新版 山陽・四国・九州・山陰・北陸 (平凡社ライブラリー) [ 犬養孝 ] 価格:1320円 |
![]()
上記犬養解説文の地名等は下記の地図を参考にしてください。

巻三 三六七歌を長歌とともにみていこう。
■■巻三 三六六・三六七歌■■
題詞は、「角鹿津乗船時笠朝臣金村作歌一首 幷短歌」<角鹿(つのが)の津(つ)にして船(ふね)に乗る時に、笠朝臣金村が作る歌一首 幷(あは)せて短歌>である。
(注)角鹿(つのが)の津(つ):敦賀の港。ここで船に乗り、越前国府へ。(伊藤脚注)
■巻三 三六六歌■
◆越海之 角鹿乃濱従 大舟尓 真梶貫下 勇魚取 海路尓出而 阿倍寸管 我榜行者 大夫乃 手結我浦尓 海未通女 塩焼炎 草枕 客之有者 獨為而 見知師無美 綿津海乃 手二巻四而有 珠手次 懸而之努櫃 日本嶋根乎
(笠金村 巻三 三六六)
≪書き下し≫越(こし)の海(うみ)の 角鹿(つのが)の浜ゆ 大船(おおぶね)に 真楫(まかぢ)貫(ぬ)き下(お)ろし 鯨魚(いさな)取(と)り 海道(うみぢ)に出でて 喘(あへ)きつつ 我(わ)が漕ぎ行けば ますらをの 手結(たゆひ)が浦に 海女娘子(あまおとめ) 塩焼く煙(けぶり) 草枕 旅にしあれば ひとりして 見る験(しるし)なみ 海神(わたつみ)の 手に巻かしたる 玉たすき 懸(か)けて偲ひつ 大和島根(やまとしまね)を
(訳)越の海の敦賀の浜から、大船の舷(ふなばた)に楫(かい)をたくさん貫きならべ、海路に乗り出して、あえぎながら漕いで行くと、立派な男子を想わせる手結(たゆい)が浦で、取り合わせるかのように海女娘子たちの藻塩(もしお)を焼く煙が見える、その煙は旅にある身のこととて、ひとりで見てもいっこうに見るかいがないものだから、海の神が手に巻きつけて持っておられる尊い玉、それほどに尊いたすきでもかけるように、心の底深くに懸けて、海上はるかの偲(しの)びに偲んだ、故郷大和の国を。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
|
新版 万葉集 一 現代語訳付き (角川ソフィア文庫) [ 伊藤 博 ] 価格:1056円 |
![]()
|
価格:814円 |
![]()
(注)越の海:北陸の海。「越」は越前・越中・越後の総称。(伊藤脚注)
(注)まかぢ【真楫】名詞:楫の美称。船の両舷(りようげん)に備わった楫の意とする説もある。「まかい」とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典) ※「ま」は接頭語。
(注)ますらをの【益荒男の】分類枕詞:「ますらを」は「手結(たゆ)ひ(=衣服の袖口(そでぐち)を結ぶこと)」をしていたことから、地名「手結(たゆひ)」にかかる。 ※かかり方については他の説もある。(学研)
(注)手結(たゆひ)が浦:敦賀湾の東岸、田結(たい)あたり。(伊藤脚注)
(注)しほやき【塩焼き】名詞:海水を煮詰めて塩を作ること。また、その人。(学研)
(注の注)もしほ【藻塩】名詞:①海藻から採る塩。海水をかけて塩分を多く含ませた海藻を焼き、その灰を水に溶かしてできた上澄みを釜(かま)で煮つめて採る。②藻塩を製するための海水。(学研)
(注)ひとりして:故郷の妻に対して言う。(伊藤脚注)
(注)「海神(わたつみ)の 手に巻かしたる」は序。「玉」を起こす。「海神の手結」は「ますらをの手結」に関連して用いたか。(伊藤脚注)
(注)たまだすき【玉襷】分類枕詞:たすきは掛けるものであることから「掛く」に、また、「頸(うな)ぐ(=首に掛ける)」ものであることから、「うなぐ」に似た音を含む地名「畝火(うねび)」にかかる。(学研)
■巻三 三六七歌■
◆越海乃 手結之浦矣 客為而 見者乏見 日本思櫃
(笠金村 巻三 三六七)
≪書き下し≫越(こし)の海の手結(たゆひ)が浦を旅にして見れば羨(とも)しみ大和偲ひつ
(訳)越の海の手結が浦を、旅にあってただひとり見るにつけ、美しい状景に惹(ひ)かれて、いとしい人のいる大和をはるかに思いやった。(同上)
(注)ともし【羨し】形容詞シク活用:①慕わしい。心引かれる。②うらやましい。(学研)ここでは①の意
この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1636)」で福井県敦賀市 田結口交差点万葉歌碑ならびに「塩焼く煙」、「塩焼く」、「塩焼き衣」、「焼く塩」、「藻塩焼く」と詠まれている歌とともに紹介している。当時の製塩法が歌を通して伝わってくる。また恋の心情を塩に懸けた思いも胸を打つ。
➡

(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉の旅 下 山陽・四国・九州・山陰・北陸」 犬養 孝 著 (平凡社ライブラリー)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」