●歌は、「若狭にある三方の海の浜清みい行き帰らひ見れど飽かぬかも(作者未詳 7-1177)」である。
【三方の海】
「作者未詳(巻七‐一一七七)(歌は省略)『三方の海』といえば、・・・いわゆる三方五湖(久々子(くぐし)・日向(ひゅうが)・水月(すいげつ)・菅(すが)・三方(みかた))をいうもので、それも・・・五湖のすべてを眺めたものではなく、五湖のいちばん南の三方湖をさすものであろう。・・・海にうとい旅人、いく日も山野を歩いてきた旅人にとって、ひそまりきった湖岸の清らかさとの出会いは大きな驚異だったにちがいない。“いくど往ききして見ても見ても見あきない”とて、異郷の湖畔の清さしずけさに讃歌を惜しまないのも当然であろう。」(「万葉の旅 下 山陽・四国・九州・山陰・北陸」 犬養 孝 著 平凡社ライブラリーより)
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巻七 一一七七歌をみていこう。
■巻七 一一七七歌■
◆若狭在 三方之海之 濱清美 伊徃變良比 見跡不飽可聞
(作者未詳 巻七 一一七七)
≪書き下し≫若狭(わかさ)にある三方(みかた)の海(うみ)の浜清みい行き帰(かへ)らひ見れど飽(あ)かぬかも
(訳)若狭の国にある三方の海の浜が清らかなので、行きつ戻りつしながら、見ても見ても見飽きることがない。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
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(注)-み 接尾語:①〔形容詞の語幹、および助動詞「べし」「ましじ」の語幹相当の部分に付いて〕(…が)…なので。(…が)…だから。▽原因・理由を表す。多く、上に「名詞+を」を伴うが、「を」がない場合もある。②〔形容詞の語幹に付いて〕…と(思う)。▽下に動詞「思ふ」「す」を続けて、その内容を表す。③〔形容詞の語幹に付いて〕その状態を表す名詞を作る。④〔動詞および助動詞「ず」の連用形に付いて〕…たり…たり。▽「…み…み」の形で、その動作が交互に繰り返される意を表す。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意
(注)いゆく【い行く】自動詞:行く。進む。 ※「い」は接頭語。上代語。(学研)
(注)かへらふ【帰らふ・還らふ・反らふ】分類連語:①次々と(度々(たびたび))かえる。②繰り返す。③しきりに…する。 ⇒なりたち:動詞「かへる」の未然形+反復継続の助動詞「ふ」(学研)ここでは①の意
この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1635)」で福井県美浜町若狭三方レインボーライン第1駐車場手前万葉歌碑とともに紹介している。
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同歌の歌碑が、福井県若狭町三方 三方石観音参道にある。これについては、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1634)」で紹介している。
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(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉の旅 下 山陽・四国・九州・山陰・北陸」 犬養 孝 著 (平凡社ライブラリー)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」