万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その535,536,537)―奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(38,39,40)―万葉集 巻十一 二三五三、二四八〇、三〇四八

―その535―

●歌は、「泊瀬の斎槻が下に我が隠せる妻あかねさし照れる月夜に人見てむかも」である。

 

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奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(38)万葉歌碑(柿本人麻呂歌集 つき)

●歌碑(プレート)は、奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(38)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆長谷 弓槻下 吾隠在妻 赤根刺 所光月夜迩 人見點鴨 <一云人見豆良牟可>

               (柿本人麻呂歌集 巻十一 二三五三)

 

≪書き下し≫泊瀬(はつせ)の斎槻(ゆつき)が下(した)に我(わ)が隠(かく)せる妻(つま)あかねさし照れる月夜(つくよ)に人見てむかも」である。<一には「人みつらむか」といふ>

 

(訳)泊瀬(はつせ)のこんもり茂る槻の木の下に、私がひっそりと隠してある、大切な妻なのだ。その妻を、あかあかと隈(くま)なく照らすこの月の夜に、人が見つけてしまうのではなかろうか。<人がみつけているのではなかろうか>(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)泊瀬の斎槻:人の立ち入りを禁じる聖域であることを匂わす。「泊瀬」は隠処(こもりく)の聖地とされた。「斎槻」は神聖な槻の木。

(注)いつき【斎槻】名詞:神が宿るという槻(つき)の木。神聖な槻の木。一説に、「五十槻(いつき)」で、枝葉の多く茂った槻の木の意とも。※「い」は神聖・清浄の意の接頭語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)あかねさし【茜さし】 枕詞:茜色に美しく映えての意で、「照る」にかかる。 (weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)

 

上記の(注)にあるように、「泊瀬(はつせ)」は隠処(こもりく)の聖地であり、万葉集には、泊瀬にかかる枕詞として「こもりくの【隠り口の】」がみえる。大和の国の初瀬(はつせ)の地は、四方から山が迫っていて隠れているように見える場所であることから、地名の「初(=泊)瀬」にかかる。

 

この歌は、巻十一の部立「旋頭歌」(二三五一から二三六七歌)の一首である。

槻とは欅のことである。

 

 

―その536―

●歌は、「道の辺のいちしの花のいちしろく人皆知りぬ我が恋妻は」である。

 

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奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(39)万葉歌碑(柿本人麻呂歌集 いちし)

●歌碑(プレート)は、奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(39)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆路邊 壹師花 灼然 人皆知 我戀嬬 

或本歌曰 灼然 人知尓家里 継而之念者

               (柿本人麻呂歌集 巻十一 二四八〇)

 

≪書き下し≫道の辺(へ)のいちしの花のいちしろく人皆知りぬ我(わ)が恋妻(こひづま)は 或本の歌には「いちしろく人知りにけり継ぎてし思へば」といふ

 

(訳)道端のいちしの花ではないが、いちじるしく・・・はっきりと、世間の人がみんな知ってしまった。私の恋妻のことは。<いちじるしく世間の人が知ってしまったよ、絶えずあの子のことを思っているので。>(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)上二句は序、同音で「いちしろく」を起こす。

(注)いちしろし【著し】「いちしるし」に同じ。 ※上代語。

>いちしるし【著し】:明白だ。はっきりしている。

※参考:古くは「いちしろし」。中世以降、シク活用となり、「いちじるし」と濁って用いられる。「いち」は接頭語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

当時の恋人たちは、二人の関係が世間に知られることを非常に恐れていた。一旦、知られてしまうと、言葉が霊力を持って、次から次へ伝わって、結局、二人の間が断ち切られると思っていた。この歌は、まるでいちしの花のように鮮やかに、二人の恋が世間に知れ渡ってしまったことを嘆く恋歌である。

 

 「いちし」が詠まれているのは、万葉集ではこの一首だけである。「いちし」については、古くからダイオウ、ギンギシ、クサイチゴ、エゴノキ、イタドリ、ヒガンバナなど諸説があったという。万葉植物のなかでも難解といわれていたが、牧野富太郎氏により、ヒガンバナ説がとなえられた。山口県では、イチシバナ、福岡県では、イチヂバナという方言があることが確認されヒガンバナ説が定説化されたという。

 

 

―その537―

●歌は、「み狩する雁羽の小野の櫟柴のなれはまさらず恋こそまされ」である。

 

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奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(40)万葉歌碑(作者未詳 なら)

●歌碑(プレート)は、奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(40)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆御獦為 鴈羽之小野之 櫟柴之 奈礼波不益 戀社益

                                  (作者未詳 巻十一 三〇四八)

 

≪書き下し≫み狩(かり)する雁羽(かりは)の小野の櫟柴(ならしば)のなれはまさらず恋こそまされ

 

(訳)み狩りにちなみの羽の小野のならの雑木ではありませんが、あなたと馴れ親しむことはいっこうになさらずに、お逢いできぬ苦しみが増すばかりですが。(同上三)

(注)上三句「御獦為 鴈羽之小野之 櫟柴之」は、「奈礼」を起こす序である。「御獦為」は「雁羽(かりは):所在は不明」の同音でかかる枕詞である。

 「み狩(かり)する雁羽(かりは)小野櫟柴(ならしば)」と「の」の音の繰り返しと、「まさらず」「まされ」とリズミカルに心情を訴えているところが相手には強く響く歌である。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版」

★「万葉の小径(いちしの説明碑)」