●歌は、「釧着く答志の崎に今日もかも大宮人の玉藻刈るらむ(柿本人麻呂 1-41)」である。
【手節の崎】
「柿本人麻呂(巻一‐四一)(歌は省略)『手節(たふし)の崎』は、鳥羽港から北東の海上にある答志(とうし)島(鳥羽市)のどこかの岬である。・・・『釧(くしろ)つく』は枕詞で、釧(くしろ)は婦人がかざりにする手首の環である。この歌は、前の歌<巻一‐四〇>よりさらに海上に出たところを舞台にして、“今日という今日はきっと大宮人たちが海藻を刈っていることだろう”と同じくあこがれをのべたものである。大宮人の中に思いをよせる女人がいればこそ『釧つく』の枕詞も生きてくるわけだ。・・・その磯辺からは、近く神島(かみしま)のとがった山容を望み、遠く伊良胡岬がそっくり島のように望まれている。(巻一‐四二)(歌は省略)京にいる人麻呂はすでに知っているこの海景を思いえがいて、三首目にはっきりと“妹”をあらわし、動的展開的な春の海上に場面を転じて、妹(いも)のいる遠い潮の音を思いやっているのだ。」(「万葉の旅 中 近畿・東海・東国」 犬養 孝 著 平凡社ライブラリーより)
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巻一 四一歌をみていこう。
■巻一 四一歌■
◆釼著 手節乃埼二 今日毛可母 大宮人之 玉藻苅良武
(柿本人麻呂 巻一 四一)
≪書き下し≫釧(くしろ)着(つ)く答志(たふし)の崎に今日(けふ)もかも大宮人(おおみやびと)の玉藻(たまも)刈るらむ
(訳)あの麗(うるわ)しい答志(とうし)の崎で、今日あたりも、大宮人が美しい藻を刈って楽しんでいることであろうか。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
(注)くしろ【釧】名詞:古代の腕輪。石・玉・貝・金属などで作り、腕や手首につけて飾りとした。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注の注)くしろつく【釧着く】[枕]:《釧を着ける手から》地名「手節(たふし)」にかかる。(weblio辞書 デジタル大辞泉)
(注)答志の崎:小浜の浦の北東海上答志島の崎。(伊藤脚注)
この歌については、次の四二歌とともに、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1419)」で紹介している。
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「答志島」については、鳥羽商工会議所HPに「御食国答志島(みけつくにとうしじま)」に「万葉の道」として「船泊まりを眺めながら、良き人を思い渡る『願い橋』と八幡神社につづく道」が次のように紹介されている。
「柿本人麻呂の歌に登場する女性にあやかり、古くから『願いを念じて渡ると叶う』といわれている赤い橋。
八幡神社は島の海女たちが漁場への行き帰りに、船上から安全と幸運を祈願する場所。聖木である『やまとたちばな』など、島の風物の香りを楽しみながら、万葉の時代に思いを馳せてみてください!」

■巻一 四二歌■
◆潮左為二 五十等兒乃嶋邊 榜船荷 妹乗良六鹿 荒嶋廻乎
(柿本人麻呂 巻一 四二)
≪書き下し≫潮騒(しほさゐ)に伊良虞(いらご)の島辺(しまへ)漕ぐ舟に妹(いも)乗るらむか荒き島(しま)みを
(訳)潮(うしお)ざわめく中、伊良虞の島辺(しまべ)を漕ぐ船に、今頃、あの娘(こ)は乗っていることであろうか。あの風波(かざなみ)の荒い島あたり。(同上)
(注)潮騒に:潮のざわめく中。第四句の「妹乗る」に続く。(伊藤脚注)
(注)妹:これまで複数の官女を示してきたものが、ここで一人に絞られた。(伊藤脚注)
(注)島みを:島のあたりを。「み」はめぐる意の上一段動詞「廻(み)る」の連用形が名詞化した語。(伊藤脚注)
(注の注)-み【回・廻・曲】接尾語:〔地形を表す名詞に付いて〕…の湾曲した所。…のまわり。「磯み」「浦み」「島み」「裾(すそ)み(=山の裾のまわり)」(学研)
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉の旅 中 近畿・東海・東国」 犬養 孝 著 (平凡社ライブラリー)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「御食国答志島」 (鳥羽商工会議所HP)