万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その18改)―奈良佐保短期大学前庭―万葉集 巻八 一六一〇

●歌は、「高円の秋野の上のなでしこの花うら若み人のかざししなでしこの花」である。

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奈良佐保短期大学前庭万葉歌碑(丹生女王)

●歌碑は、奈良市鹿野園町奈良佐保短期大学前庭にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆高圓之 秋野上乃 瞿麦之花 丁壮香見 人之挿頭師 瞿麦之花

      (丹生女王  巻八  一六一〇)

 

≪書き下し≫高円(たかまと)の秋野(あきの)の上(うへ)のなでしこの花 うら若み人のかざししなでしこの花

 

(訳)高円の秋野のあちこちに咲くなでしこの花よ。その初々しさゆえに、あなたが、挿頭(かざし)に賞(め)でたこの花よ。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)うらわかし【うら若し】形容詞:①木の枝先が若くてみずみずしい。②若くて、ういういしい。 ⇒参考 「うら若み」は、形容詞の語幹に接尾語「み」が付いて、原因・理由を表す用法。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注の注)うら- 接頭語:〔多く形容詞や形容詞の語幹に付けて〕心の中で。心から。何となく。「うら悲し」「うら寂し」「うら恋し」(学研)

 

 題詞は、「丹生女王贈大宰帥大伴卿歌一首」<丹生女王(にふのおほきみ)大宰帥(だざいのそち)大伴卿に贈る歌一首>である。

(注)大宰帥大伴卿:大伴旅人

 

 題詞に、丹生女王が大宰帥大伴卿に贈った歌とあるのに、「君のかざしし」でなく、「人のかざしし」となっている。万葉集では、女から男を呼ぶ場合は、「君」「背」で、男から女を呼ぶ場合は、「妹」「子」がほとんどである。

 伊藤 博氏は「万葉集相聞の世界」の中で、「『汝』『妹』『背』『君』『子』などの待遇表現は、それぞれの特性のなかにも、じかに相手を呼ぶという共通の性格を持っているので、これらを一括して、かりに『直接的呼称』と呼べば、この呼称は、相聞歌のなかに、約九〇〇余例を数え、男女が相手を呼ぶ表現の大部分を占めるのであるが、

しかも、万葉の相聞歌には、『人』という形式名詞をもって、あたかも第三者を指すように相手を客体化して呼ぶ言い方が、一方にある。これをかりに、『客観的呼称』と呼べば、その例五〇余、男女に共用されている。」と述べられている。

 

 丹生女王の歌としては、他には、次の二首がある。こちらもみてみよう。

 

 題詞は、「丹生女王贈大宰帥大伴卿歌二首」<丹生女王)にふのおほきみ)大宰帥大伴卿に贈る歌二首>である。

 

◆天雲乃(あまくもの) 遠隔乃極(そきへのきはみ) 遠鷄跡裳(とほけども) 情志行者(こころしゆけば) 戀流物可聞(こふるものかも)

       (丹生女王 巻四 五五三)

 

≪書き下し≫天雲(あまくも)のそくへの極(きは)み遠けども心し行けば恋ふるものかも

 

(訳)あなたのいらっしゃる筑紫(つくし)は、天雲の果ての遥かかなたですが、心はどんなに遠くでも通って行くので、こうも恋しく思われるものなのですね。(同上)

(注)そくへ【退く方】名詞:「そきへ」に同じ。(学研)

(注の注)そきへ【退き方】名詞:遠く離れたほう。遠方。果て。「そくへ」とも。(学研)

(注)きはみ【極み】名詞:(時間や空間の)極まるところ。極限。果て。(学研)

 

 

◆古人乃(ふるひとの) 令食有(たまへしめたる) 吉備能酒(きびのさけ) 病者為便無(やめばすべなし) 貫簀賜牟(ぬきすたばらむ)

(丹生女王 巻四 五五四)

 

≪書き下し≫古人(ふるひと)のたまへしめたる吉備(きび)の酒病(や)まばすべなし貫簀(ぬきす)賜(たば)らむ

 

(訳)昔馴染(むかしなじみ)の方が送って下さった吉備の酒、このお酒も飲み過ごして気分が悪くなったらどうしようもありません。今度は枕許(もと)に置く貫簀(ぬきす)を頂けたらと存じます。そしたら安心していただけましょう。

(注)古人:昔馴染。ここでは、大伴旅人をさす。

(注)しむ 助動詞:《接続》活用語の未然形に付く。①〔使役〕…せる。…させる。②〔尊敬〕お…になる。…なさる。…あそばす。▽尊敬を表す語とともに用いて、より高い尊敬の意を表す。多く「しめ給(たま)ふ」の形で用いる。③〔謙譲〕…申し上げる。…させていただく。▽謙譲語「奉る」「啓す」などの下に付いて謙譲の意を強める。 ⇒語法 使役の「しむ」 尊敬語・謙譲語を伴わないで単独で用いられる「しむ」は、①の使役の意味で、上代にはほとんどこの意味で用いられた。 ⇒注意 「しめ給ふ」には二とおりあり、「…に」に当たる使役の対象の人物が文脈上存在する場合は使役、そうでない場合は最高敬語(二重敬語)と見てよい。(学研)

(注)ぬきす【貫簀】名詞:細く削った竹を糸で編んだすのこ。手を洗うとき、水が飛び散らないように、たらいの上などに置いた。(学研)

 

 

 大伴旅人はお酒には目がなかったようである。万葉集巻三には、「大宰帥大伴卿讃酒歌一三首」がある。

 

◆驗無(しるしなき) 物乎不念者(ものをもはずは) 一圷乃(ひとつきの) 濁酒乎(にごれるさけを) 可飲有良師(のむべくあるらし)

        (大伴旅人 巻三 三三八)

 

◆中ゝ尓(なかなかに) 人跡不有者(ひととあらずは) 酒壺二(さかつぼに) 成而師鴨(なりにてしかも) 酒二染甞(さけにしみなむ)

        (大伴旅人 巻三 三四三) 他

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「萬葉集相聞の世界」 伊藤 博 著 (塙書房

★「万葉ゆかりの地を訪ねて~万葉歌碑めぐり」(奈良市HP)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

 

※20220103朝食関連記事削除、訳他一部改訂