万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その20改、21改)―奈良市山町円照寺参道―万葉集 巻二十 四二九三

―その20改―

●歌は、「あしひきの山行きしかば山人のわれに得しめし山つとぞ此れ」である。

 

●歌碑は、円照寺参道にある。

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山町円照寺参道万葉歌碑(太上天皇

●歌をみていこう。

 

◆安之比奇能 山行之可婆 山人乃 和礼尓依志米之 夜麻都刀曽許礼

       (元正天皇 巻二十 四二九三)

 

≪書き下し≫あしひきの山行(ゆ)きしかば山人(やまびと)の我れに得(え)しめし山づとぞこれ

 

(訳)人里離れた山まで出て行かれたという山の神人が私の手のものとしてくれた、山の土産なのです。これは。(同上)

(注)山(山行きしかば):ここは仙境に凝した山村。下の二つの「山」も同じで、「仙」に通ずる「山」お強調している。古歌もしくは古歌によって作った歌か。(伊藤脚注)

(注)山人:表面は山村の人の意。(伊藤脚注)

 

 題詞は、「幸行於山村之時歌二首   先太上天皇詔陪従王臣曰夫諸王卿等宣賦和歌而奏即御口号曰」<山村に幸行(いでま)す時の歌二首   先太上天皇(さきのおほきすめらみこと)、陪従(べいじゆ)の王臣(わうしん)に詔(みことのり)して曰(のりたま)はく、「それ諸王卿等(しよわうきやうら)、よろしく和(こた)ふる歌を賦(ふ)して奏(まを)すべし」とのりたまひて、すなはち口号(くちずさ)びて曰(のりたま)はく>である。

(注)山村:奈良市南効山麓の山町。(伊藤脚注)

(注)先太上天皇:四四代元正天皇。(伊藤脚注)

(注)べいじゅう【陪従】名詞:①貴人に付き従うこと。また、その人。お供。②神前での神楽・東遊(あずまあそ)びで、舞人に付き従って器楽を演奏する地下(じげ)の楽人(がくじん)。多く、賀茂(かも)・石清水(いわしみず)などの祭りのときに仕える楽人にいう。 ※「ばいじゅう」とも。(学研)

 

 

 円照寺は、奈良市街地から南東に3kmほど離れた「山辺の道」沿いの山麓部に広大な境内を有する尼寺(門跡寺院)で、法華寺中宮寺とともに「大和三大門跡」として知られている。通称山村御殿。

 内部の拝観は基本的には一切できないとある。

 奈良県道188号線(高畑山線)を走り、参道入り口に来たが、諸車通行止めとなっている。ぶらぶら参道を歩く。ため池のようなものが見えてくる。寺院はまだその奥であり建物の影すら見えない。池を過ぎてしばらく行ったところでようやく歌碑を見つける。山里のやや薄暗い参道に設置してある。厳かな感じである。

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参道横の傾斜に立つ歌碑

 

この歌は、巻二十の巻頭歌である。

 

 

―その21改―

●歌は、「あしひきの山に行きけむ山人の心も知らず山人や誰れ」である。

 

●歌碑は、円照寺参道にある。

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山町円照寺参道万葉歌碑(舎人親王

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歌碑と参道

●歌をみていこう。

 

◆安之比奇能 山尓由伎家牟 夜麻妣等能 情母之良受 山人夜多礼

       (舎人親王 巻二十 四二九四)

 

≪書き下し≫あしひきの山に行きけむ山人(やまびと)の心も知らず山人や誰(た)れ

 

(訳)わざわざ、人里離れた山まで出て行かれたという山人のお気持ちもはかりかねます。仰せの山人とは、いったい誰のことなのでしょう。(同上)

(注)山:山村をさす。(伊藤脚注)

(注)山人(山人の心も知らず):これは藐姑射の山(仙洞)に住む仙人である上皇。結句の「山人」は山村の人。一首は、仙人が仙人に逢ったとは解しかねるというおどけ。(伊藤脚注)

 

 

 左注は、「右天平勝寶五年五月在於大納言藤原朝臣之家時依奏事而請問之間少主鈴山田史士麻呂語少納言大伴宿祢家持曰昔聞此言即誦此歌也」

 右は天平勝寶五年五月、大納言藤原朝臣の家に在し時に、事を奏(もう)すに依りて請問(せいもん)せし間に少主鈴(せうしゆれい)山田土史麻呂(やまだのふひとつちまろ)の少納言大伴宿祢家持に語りて曰く 昔此の言(ことば)を聞くと即ち此の歌を誦(よ)めるなり。

 

 この二首については、奈良市HP「万葉ゆかりの地を訪ねて~万葉歌碑めぐり」の解説が分かりやすいので引用させていただく。

 「『山村に幸行ます時』とある山村は現在の奈良市山町。山人は、山村の守護 神を祭る山の神人。山村を仙境とみて仙人をさす言葉でもあります。 『人里離れた山へ参りましたら山人が私に土産をくれました。これなのです よ』と歌いかけます。聖なるもの、霊力を天皇に奉ったとすると、土産は呪力 のある杖やかづらではないでしょうか。その歌にこたえて親王は『わざわざ山 へ行かれたあなたはやはり山の仙人なのですね。そのお心ははかりかねますが、 お土産をくれた山人とはいったい誰のことでしょうね。あなたご自身が山人で はないのですか』。仙境に通じる『山』を二首の歌にそれぞれ三度繰り返して います。少しとぼけながらお互いに親密な血縁として、また君臣として歌で楽 しく興じているのです。」

 

 

  

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「別冊國文學 万葉集必携」 稲岡耕二 編 (學燈社

★「万葉ゆかりの地を訪ねて~万葉歌碑めぐり」 (奈良市HP)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

 

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