万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その284)―東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(25)―

●歌は、「あぢさはふ妹が目離れて敷栲の枕もまかず桜皮巻き作れる船に・・・」(長歌

 

f:id:tom101010:20191203185843j:plain

万葉の森船岡山万葉歌碑(25)(山部赤人

●歌碑は、東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(25)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆味澤相 妹目不數見而 敷細乃 枕毛不巻 櫻皮纒 作流舟二 真梶貫 吾榜来者 淡路乃 野嶋毛過 伊奈美嬬 辛荷乃嶋之 嶋際従 吾宅乎見者 青山乃 曽許十方不見 白雲毛 千重尓成来沼 許伎多武流 浦乃盡 徃隠 嶋乃埼ゝ 隈毛不置 憶曽吾来 客乃氣長弥

                 (山部赤人 巻六 九四二)

 

≪書き下し≫あぢさはふ 妹(いも)が目離(か)れて 敷栲(しきたへ)の 枕もまかず 桜皮(かには)巻(ま)き 作れる船に 真楫(まかぢ)貫(ぬ)き 我が漕(こ)ぎ来(く)れば 淡路(あはぢ)の 野島(のしま)も過ぎ 印南(いなみ)都(つ)麻(ま) 唐荷(からに)の島の 島の際(ま)ゆ 我家(わぎへ)を見れば 青山(あをやま)の そことも見えず 白雲(しらくも)も 千重(ちへ)になり来(き)ぬ 漕ぎたむる 浦のことごと 行(ゆ)き隠(かく)る 島の崎々 隈(くま)も置かず 思ひぞ我(わ)が来る 旅の日(け)長み

 

(訳)いとしいあの子と別れて、その手枕も交わしえず、桜皮(かにわ)を巻いて作った船の舷(ふなばた)に櫂(かい)を通してわれらが漕いで来ると、いつしか淡路の野島も通り過ぎ、印南都麻(いなみつま)をも経て唐荷の島へとやっと辿(たど)り着いたが、その唐荷の島の、島の間から、わが家の方を見やると、そちらに見える青々と重なる山のどのあたりがわが故郷なのかさえ定かでなく、その上、白雲までたなびいて幾重にも間を隔ててしまった。船の漕ぎめぐる浦々、行き隠れる島の崎々、そのどこを漕いでいる時もずっと、私は家のことばかりを思いながら船旅を続けている。旅の日数(ひかず)が重なるままに。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)あぢさはふ 分類枕詞:①「目」にかかる。語義・かかる理由未詳。②「夜昼知らず」にかかる。語義・かかる理由未詳。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)しきたへの【敷き妙の・敷き栲の】分類枕詞:「しきたへ」が寝具であることから「床(とこ)」「枕(まくら)」「手枕(たまくら)」に、また、「衣(ころも)」「袖(そで)」「袂(たもと)」「黒髪」などにかかる。(同上)

(注)桜皮(かには):万葉の時代、器物では表面に巻き付けて、蔽(おおい)や接合に用い、船では木材の接合部に用い防水の役目を果たしていた。

(注)印南都麻(いなみつま):加古川河口の三角州か

 

 題詞は、「過辛荷嶋時山部宿祢赤人作歌一首并短歌」<唐荷(からに)の島を過ぐる時に、山部宿禰赤人が作る歌一首并せて短歌>である。

(注)辛荷(からに)の島:兵庫県西部、室津沖合の島。

 

反歌三首」も見ておこう。

 

◆玉藻苅 辛荷乃嶋尓 嶋廻為流 水島二四毛有哉 家不念有六

               (山部赤人 巻六 九四三)

 

≪書き下し≫玉藻(たまも)刈る唐荷(からに)の島に島廻(しまみ)する鵜(う)にしもあれや家思(おも)はずあらむ

 

(訳)この私は、玉藻を刈る唐荷(からに)の島で餌を求めて磯を巡っている鵜ででもあるというのか、鵜ではないのだから、どうして家のことを思わずにいられよう。(同上)

(注)鵜にしもあれやの「や」は疑問的反語

 

 

◆嶋隠 吾榜来者 乏毳 倭邊上 真熊野之船

 

≪書き下し≫島隠(がく)り我(わ)が漕ぎ来(く)れば羨(とも)しかも大和(やまと)へ上(のぼ)るま熊野(くまの)の船

 

(訳)島陰を伝いながらわれらが漕いで来ると、ああ、何とも羨ましい。家郷大和の方へ上って行くよ、ま熊野の船が。(同上)

(注)ともし【羨し】①慕わしい。心引かれる。②うらやましい。

(注)ま熊野の船」熊野製の船。熊野は良船の産地。

 

◆風吹者 浪可将立跡 伺候尓 都太乃細江尓 浦隠居

             (山部赤人 巻六 九四五)

 

≪書き下し≫風吹けば波か立たむとさもらひに都太(つだ)の細江(ほそえ)に浦隠(うらがく) り居(を)り

(注)さもらふ【候ふ】ようすを見ながら機会をうかがう。見守る。

(注)都太の細江:姫路市船場川の河口の入江。

 

(訳)風が吹くので、波が高く立ちはせぬかと、様子を見て都太(つだ)の細江の浦深く隠(こも)っている。(同上)

 

「桜皮(かには)」を詠みこんだ歌は、万葉集ではこの一首であるので、具体的にどの植物であるかについては特定しづらく、シラカバ、チョウジザクラ、ウワミズザクラなどの諸説がある。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」