万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その579,580,581)―西田公園万葉植物苑(13,14,15)―万葉集 巻十四 三三五〇、巻七 一三五九、巻十 二二九六

―その579―

●歌は、「筑波嶺の新桑繭の衣はあれど君が御衣しあやに着欲しも」である。

 

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西田公園万葉植物苑(13)万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、西宮市西田町西田公園万葉植物苑(13)にある。

 

●歌をみていこう。

この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その472)」で紹介している。

 

◆筑波祢乃 尓比具波波麻欲能 伎奴波安礼杼 伎美我美家思志 安夜尓伎保思母

               (作者未詳 巻十四 三三五〇)

   或本歌日 多良知祢能 又云 安麻多氣保思母

 

≪書き下し≫筑波嶺(つくはね)の新桑繭(にひぐはまよ)の衣(きぬ)はあれど君が御衣(みけし)しあやに着(き)欲(ほ)しも

   或本の歌には「たらちねの」といふ。また「あまた着(き)欲しも」といふ。

 

(訳)筑波嶺一帯の、新桑で飼った繭の着物はあり、それはそれですばらしいけれど、やっぱり、あなたのお召がむしょうに着たい。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)新桑繭(読み)にいぐわまよ :新しい桑の葉で育った繭。今年の蚕の繭。(コトバンク デジタル大辞泉

(注)みけし【御衣】名詞:お召し物。▽貴人の衣服の尊敬語。 ※「み」は接頭語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)あやに【奇に】副詞:むやみに。ひどく。(学研)

  

 新しい桑の葉で育った蚕から採った高価な絹の衣服よりも、あなたの衣服を身に着けたい、「信州信濃の新そばよりも、わたしゃあなたのそばがよい」といったノリである。

 こう見ていくと「相聞歌」となるのであるが、この歌は、巻十四の巻頭五首の一首である。

 万葉集目録には、三三五〇、三三五一歌は、「常陸国の雑歌二首」となっているが、現万葉集の本文には「雑歌」という文字がないのである。

 巻十四は、大半が相聞歌(二百三十八首中、百九十六首、構成比82%)であり、勘国歌の巻頭五首と未勘国歌の十七首が「雑歌」として収録されている。

 

 

 

―その580―

●歌は、「向つ峰の若桂の木下枝取り花待つい間に嘆きつるかも」である。

 

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西田公園万葉植物苑(14)万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、西宮市西田町西田公園万葉植物苑(14)にある。

 

●歌をみていこう。

この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その465)」で紹介している。

 

◆向岳之 若楓木 下枝取 花待伊間尓 嘆鶴鴨

               (作者未詳 巻七 一三五九)

 

≪書き下し≫向つ峰(むかつみね)の若楓(わかかつら)の木下枝(しづえ)とり花待つい間に嘆きつるかも 

 

(訳)向かいの高みの若桂の木、その下枝を払って花の咲くのを待っている間にも、待ち遠しさに思わず溜息がでてしまう。((伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)むかつを【向かつ峰・向かつ丘】名詞:向かいの丘・山。◆「つ」は「の」の意の上代の格助詞。上代語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)上二句(向岳之 若楓木)は、少女の譬え

(注)下枝(しづえ)とり:下枝を払う。何かと世話をする意。

(注)花待つい間:成長するのを待っている間

 

 この歌はカツラの木の美しさを歌ったものではなく、カツラの木によせて恋心を述べた比喩の歌である。若い楓の木は、ある男が恋する少女のことを譬えており、花が咲くというのは、その少女が成人した女性になることをいう。だから、男の溜め息は、少女が成人するまでのあいだの間に、ほかの男のいろいろな妨害が入ることを恐れてのものといえよう。

 

 

―その581―

●歌は、「あしひきの山さな葛もみつまで妹に逢はずや我が恋ひ居らむ」である。

 

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西田公園万葉植物苑(15)万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、西宮市西田町西田公園万葉植物苑(15)にある。

この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その533)」で紹介している。

 

●歌をみていこう。

 

◆足引乃 山佐奈葛 黄變及 妹尓不相哉 吾戀将居

               (作者未詳 巻十 二二九六)

 

≪書き下し≫あしひきの山さな葛(かづら)もみつまで妹(いも)に逢はずや我(わ)が恋ひ居(を)らむ

 

(訳)この山のさな葛(かづら)の葉が色づくようになるまで、いとしいあの子に逢えないままに、私はずっと恋い焦がれていなければならないのであろうか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)やまさなかずら【山さな葛】:山にある野生のサネカズラ。(goo辞書)

 

「さなかづら」は晩夏から秋にかけて成長する茎が蔓状に伸びて縄のように絡み合うので、この歌のように、「逢う」に掛かる歌が多い。また、「さなかずら」の皮を剥いでぬるま湯に浸し、出て来る粘液を男性用の整髪料として使ったことから「美男葛(びなんかずら)」とも呼ばれていたようである。

 

もう一首「さなかづら」を詠った歌をみてみよう。

 

◆木綿▼<一云疊> 白月山之 佐奈葛 後毛必 将相等曽念 <或本歌日 将絶跡妹乎 吾念莫久尓>

   ▼:「果」の下に「衣」➡づつみ

                (作者未詳 巻十二 三〇七三)

 

≪書き下し≫木綿(ゆふ)包(づつ)み<一には「畳(たたみ)」といふ>白月山(しらつきやま)のさな葛(かずら)後(のち)もかならず逢はむとぞ思ふ<或本の歌には「絶えむと妹を我(わ)が思はなくに」といふ>

 

(訳)木綿包みが白いというではないが、白月山のさね葛の分かれて延びる蔓がまたからまり合うように、のちにでもかならず逢おうと思っている。<さね葛が絶えず延び続けるように、あの子との仲が絶えようなどと私が思っているわけでもないのに>(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)木綿包み:「白月山」(所在未詳)の枕詞

(注)上三句「木綿▼<一云疊> 白月山之 佐奈葛」は「後も逢う」を起こす

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク デジタル大辞泉

★「goo辞書」