万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1242,1243)―加古郡稲美町 稲美中央公園万葉の森(40、41)―万葉集 巻二十 四四七八、巻十二 三〇五三

―その1242―

●歌は、「奥山のしきみが花の名のごとやしくしく君に恋ひわたりなむ」である。

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加古郡稲美町 稲美中央公園万葉の森(40)万葉歌碑<プレート>(大原真人今城)

●歌碑は、加古郡稲美町 稲美中央公園万葉の森(40)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆於久夜麻能 之伎美我波奈能 奈能其等也 之久之久伎美尓 故非和多利奈無

        (大原真人今城 巻二十 四四七六)

 

≪書き下し≫奥山のしきみが花の名のごとやしくしく君に恋ひわたりなむ 

 

(訳)奥山に咲くしきみの花のその名のように、次から次へとしきりに我が君のお顔が見たいと思いつづけることでしょう、私は。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)しきみ【樒】名詞:木の名。全体に香気があり、葉のついた枝を仏前に供える。また、葉や樹皮から抹香(まつこう)を作る。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)しくしく(と・に)【頻く頻く(と・に)】副詞:うち続いて。しきりに。(学研)

 

四四七五、四四七六歌の題詞は、「廿三日集於式部少丞大伴宿祢池主之宅飲宴歌二首」<二十三日に、式部少丞(しきぶのせうじよう)大伴宿禰池主が宅(いへ)に集(つど)ひ飲宴(うたげ)する歌二首>である。

(注)二十三日:天平勝宝八年十一月二十三日

 この歌の題詞によると、天平勝宝八年(756年)十一月二十三日に、式部少丞(しきぶのせうじよう)大伴宿禰池主が宅(いへ)に集(つど)ひ飲宴(うたげ)をしているのである。歌二首とあるが、二首とも大原真人今城の歌である。この集いに誰が参加したのかは不明であるが、この時期、反仲麻呂の話題が出ないはずはない。しかし、家持の歌どころか池主の歌も収録されていないのである。幼馴染で、歌のやり取りも頻繁に行い万葉集にも数多く収録されているが、大伴池主の名前はこれ以降万葉集から消えている。

また、池主は奈良麻呂の変に連座し歴史からも名を消したのである。

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1078)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 「しきみ」については、「みんなの趣味の園芸」(NHK出版HP)に次のように詳しく書かれている。

「シキミは枝や葉に芳香のある常緑の樹木で、3月から4月に直径2.5~3cmの萼と花弁が10~20枚の花をつけます。寺院の境内や墓地に植えられることが多く、家庭の庭に利用されることはあまりありませんが、枝葉が密生し、萌芽性がよいので刈り込んで生け垣として利用することができます。刈り込んだあとは、芳香が漂います。枝葉は、乾燥粉末にして線香や抹香の材料とされます。果実は9月ごろ成熟し、タネは褐色を帯びて光沢があります。果実は薬用として利用されますが、猛毒があり、植物では唯一、「毒物及び劇物取締法」の劇物に指定されています。近年、シキミの仲間で赤系などの花を咲かせる種が導入されており、庭木として人気を得てきています。」

シキミをコウノキ、コウノハナ、マッコウノキ、ホトケバナ、ハカバナなどと呼ぶ地方がある。

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「しきみ」 「みんなの趣味の園芸」(NHK出版HP)より引用させていただきました。

 神事の榊(さかき)、仏事の樒(しきみ)というのが平安時代には定着していたことが、「枕草子」の記述からもうかがい知れるのである。

 ちなみに「榊」という字は、神事に使う神木の意の国字である。

 

 「さかき」を詠った歌は、大伴坂上郎女の歌一首のみである。

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1079)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 「しきみ」も「さかき」もそれぞれ万葉集には一首が収録されているのである。

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「さかき」 weblio辞書 植物図鑑より引用させていただきました。

 

 

―その1243―

●歌は、「あしひきの山菅の根もころにやまず思はば妹に逢はむかも」である。

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加古郡稲美町 稲美中央公園万葉の森(41)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)



●歌碑は、加古郡稲美町 稲美中央公園万葉の森(41)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆足桧木乃 山菅根之 懃 不止念者 於妹将相可聞

        (作者未詳 巻十二 三〇五三)

 

≪書き下し≫あしひきの山菅の根のねもころにやまず思はば妹(おも)に逢はむかも

 

(訳)山菅の長い根ではないが、ねんごろに心底いつまでも思いつづけていたら、あの子に逢えるのであろうか。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より))

(注)やますげ【山菅】名詞:①山野に自生している菅(すげ)(=植物の名)。根が長く、葉が乱れていることを歌に詠むことが多い。 ※「やますが」とも。②やぶらん(=野草の名)の古名。(学研)

(注)やますげの【山菅の】分類枕詞:山菅の葉の状態から「乱る」「背向(そがひ)」に、山菅の実の意から「実」に、同音から「止(や)まず」にかかる。(学研)

(注)上二句は序。「ねもころに」を起こす。

 

この歌を含む「山菅」を詠った歌十三首は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1159)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 野生のヤブランは、「根が深くはって、しかも強く土や岩に食い込んでいる。万葉人もこの植物の根の様子から恋心の深さ、強さを連想したことが想像できる」とある。(「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著)

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「大伴家持 波乱にみちた万葉歌人の生涯」 藤井一二 著 (中公新書

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 植物図鑑」

★「みんなの趣味の園芸」(NHK出版HP)

 

※20230209加古郡稲美町に訂正