万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1493,1494,1495)ー愛知県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P31、P32、P33)―万葉集 巻十一 二三五三、巻十一 二七五〇、巻十一 二七八六

―その1493―

●歌は、「泊瀬の斎槻が下に我が隠せる妻あかねさし照れる月夜に人見てむかも」である。

愛知県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P31)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、愛知県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P31)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆長谷 弓槻下 吾隠在妻 赤根刺 所光月夜迩 人見點鴨 <一云人見豆良牟可>

       (柿本人麻呂歌集 巻十一 二三五三)

 

≪書き下し≫泊瀬(はつせ)の斎槻(ゆつき)が下(した)に我(わ)が隠(かく)せる妻(つま)あかねさし照れる月夜(つくよ)に人見てむかも」である。<一には「人みつらむか」といふ>

 

(訳)泊瀬(はつせ)のこんもり茂る槻の木の下に、私がひっそりと隠してある、大切な妻なのだ。その妻を、あかあかと隈(くま)なく照らすこの月の夜に、人が見つけてしまうのではなかろうか。<人がみつけているのではなかろうか>(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)泊瀬の斎槻:人の立ち入りを禁じる聖域であることを匂わす。「泊瀬」は隠処(こもりく)の聖地とされた。「斎槻」は神聖な槻の木。(伊藤脚注)

(注の注)こもりくの【隠り口の】分類枕詞:大和の国の初瀬(はつせ)の地は、四方から山が迫っていて隠れているように見える場所であることから、地名の「初(=泊)瀬」にかかる。「こもりくの泊瀬(はつせ)」(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注の注)いつき【斎槻】名詞:神が宿るという槻(つき)の木。神聖な槻の木。一説に、「五十槻(いつき)」で、枝葉の多く茂った槻の木の意とも。※「い」は神聖・清浄の意の接頭語。(学研)

(注)隠在妻>こもりづま【隠り妻】名詞:人の目をはばかって家にこもっている妻。人目につくと困る関係にある妻や恋人。(学研)

(注)あかねさし【茜さし】 枕詞:茜色に美しく映えての意で、「照る」にかかる。 (weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)

この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その535)」で紹介している。

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 「隠り口の泊瀬」「よばひ」「隠妻」というと、宮廷歌謡と思われる三三一〇から三三一三歌がある。

 これをみてみよう。

 

◆隠口乃 泊瀬乃國尓 左結婚丹 吾来者 棚雲利 雪者零来 左雲理 雨者落来 野鳥 雉動 家鳥 可鶏毛鳴 左夜者明 此夜者昶奴 入而且将眠 此戸開為

       (作者未詳 巻十三 三三一〇)

 

≪書き下し≫こもりくの 泊瀬(はつせ)の国に さよばひに 我(わ)が来(きた)れば たな曇(ぐも)り 雪は降り来(く) さ曇(ぐも)り 雨は降り来(く) 野(の)つ鳥(とり) 雉(きざし)は響(とよ)む 家(いへ)つ鳥(とり) 鶏(かけ)も鳴く さ夜(よ)は明け この夜は明けぬ 入りてかつ寝(ね)む この戸開(ひら)かせ

 

(訳)隠(こも)り処(く)のこの泊瀬の国に、妻どいにやって来ると、かき曇って雪は降ってくるし、曇りに曇って雨は降ってくる。野の鳥雉(きじ)は鳴き騒ぐし、家の鳥鶏も鳴き立てる。夜は白みはじめ、とうとうこの一夜は明けてしまった。だけど、中に入って寝るだけは寝よう。さあ、この戸をお開け下され。(同上)

(注)たなぐもる【棚曇る】自動詞:空一面に曇る。 ※「たな」は接頭語。(学研)

(注)かつ:とりあえず。(伊藤脚注)

(注)「たな曇り・・・鷄鳴く」の八句の障害の上述は、妻問い歌の型。(伊藤脚注)

 

 

題詞は、「反歌」である。

 

◆隠来乃 泊瀬小國丹 妻有者 石者履友 猶来々

       (作者未詳 巻十三 三三一一)

   

≪書き下し≫こもりくの泊瀬(はつせ)小国(をぐに)に妻(つま)しあれば石(いし)は踏(ふ)めどもなほし来(き)にけり

 

(訳)隠り処の泊瀬小国に妻がいるので、石踏む道ではあるけれども、私は押し切ってやって来た。(同上)

(注)小国:山間の小生活圏。泊瀬は格別な聖地なので、国と呼ばれた。(伊藤脚注)

 

◆隠口乃 長谷小國 夜延為 吾天皇寸与 奥床仁 母者睡有 外床丹 父者寐有 起立者 母可知 出行者 父可知 野干玉之 夜者昶去奴 幾許雲 不念如 隠攦香聞

       (作者未詳 巻十三 三三一二)

 

≪書き下し≫こもりくの 泊瀬小国(はつせをぐに)に よばひせす 我がすめろきよ 奥床(おくとこ)に 母は寐寝(いね)たり 外床(とどこ)に 父は寐寝(いね)たり 起き立たば 母知りぬべし 出(い)でて行かば 父知りぬべし ぬばたまの 夜(よ)は明(あ)けゆきぬ ここだくも 思ふごとならぬ 隠(こも)り妻(づま)かも

 

(訳)隠り処のこの泊瀬の国に妻どいをされるすめろぎの君よ、母さんは奥の床に寝ていますし、父さんは入口の床で寝ています。体を起こしたなら母さんが気づいてしますでしょうし、出て行ったらなら父さんが気づいてしまうでしょう。ためらううちに夜はもう明けてきました。何とまあ、こんなにも思うにまかせぬ隠り妻であること、この私は。(同上)

(注)すめろき:皇統譜に位置づけられた天皇。(伊藤脚注)

(注)おくどこ【奥床】:家の奥にある寝床。⇔外床。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)ここだく【幾許】副詞:「ここだ」に同じ。 ※上代語。(学研)

(注の注)ここだ【幾許】副詞:①こんなにもたくさん。こうも甚だしく。▽数・量の多いようす。②たいへんに。たいそう。▽程度の甚だしいようす。 ※上代語。(学研)

(注)隠在妻>こもりづま【隠り妻】名詞:人の目をはばかって家にこもっている妻。人目につくと困る関係にある妻や恋人。(学研)

 

 

題詞は、「反歌」である。

 

◆川瀬之 石迹渡 野干玉之 黒馬之来夜者 常二有沼鴨

       (作者未詳 巻十三 三三一三)

 

≪書き下し≫川の瀬の石(いし)踏(ふ)み渡りぬばたまの黒馬(くろま)来る夜(よ)は常(つね)にあらぬかも

 

(訳)川の瀬を踏み渡って、お乗りになる黒馬の来る夜は、毎晩のことであってくれないものか。(同上)

(注)黒馬:夜、人目につきにくい馬なので、妻問いに利用された。(伊藤脚注)

 

 三三一二歌の「奥床(おくとこ)に 母は寐寝(いね)たり 外床(とどこ)に 父は寐寝(いね)たり 起き立たば 母知りぬべし 出(い)でて行かば 父知りぬべし」の状況は手に取るように分かる。思わず息をのみつつ笑いをこらえるところである。

 

 三三一〇、三三一一歌と三三一二、三三一三歌はセットで問答歌になっている。

 

 

―その1494― 

●歌は、「我妹子に逢はず久しもうましもの阿倍橘の苔生すまでに」である。

愛知県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P32)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、愛知県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P32)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆吾妹子 不相久 馬下乃 阿倍橘乃 蘿生左右

       (作者未詳 巻十一 二七五〇)

 

≪書き下し≫我妹子(わぎもこ)に逢はず久しもうましもの阿倍橘(あへたちばな)の苔生(こけむ)すまでに

 

(訳)あの子に逢わないで随分ひさしいな。めでたきものの限りである阿倍橘が老いさらばえて苔が生えるまでも。(同上)

(注)うまし【甘し・旨し・美し】形容詞:おいしい。味がよい。(学研)

(注)阿倍橘:「集中に詠まれた『阿倍橘』は、『和名抄』・『本草和名』に「橙(だいだい)・阿倍多知波奈(あべたちばな)」と記されているところから、現在ダイダイに比定されている。しかし、クネンボとする異説もる。」(「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著)

(注の注)だいだい【橙/臭橙/回青橙】: ミカン科の常緑小高木。葉は楕円形で先がとがり、葉柄(ようへい)に翼がある。初夏、香りのある白い花を開く。実は丸く、冬に熟して黄色になるが、木からは落ちないで翌年の夏に再び青くなる。実が木についたまま年を越すところから「代々」として縁起を祝い、正月の飾りに用いる。果汁を料理に、果皮を漢方で橙皮(とうひ)といい健胃薬に用いる。《季 花=夏 実=冬》(weblio辞書 デジタル大辞泉

「ダイダイ」:「weblio辞書 デジタル大辞泉」より引用させていただきました。



(注の注の注)くねんぼ【九年母】:ミカン科の常緑低木。葉は大形で楕円形。初夏、香りの高い白い花をつけ、秋、黄橙色の甘い実を結ぶ。果皮は厚く、種子が多い。インドシナの原産。香橘(こうきつ)。(weblio辞書 デジタル大辞泉

「クネンボ」 国立歴史民俗博物館HP「くらしの植物苑」より引用させていただきました。

 

 

―その1495―

●歌は、「山吹のにほえる妹がはねず色の赤裳の姿夢に見えつつ」である。

愛知県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P33)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、愛知県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P33)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆山振之 尓保敝流妹之 翼酢色乃 赤裳之為形 夢所見管

      (作者未詳 巻十一 二七八六)

 

≪書き下し≫山吹(やまぶき)のにほへる妹(いも)がはねず色の赤裳(あかも)の姿夢(いめ)に見えつつ

 

(訳)咲きにおう山吹の花のようにあでやかな子の、はねず色の赤裳を着けた姿、その姿が夢に見え見えして・・・。(同上)

 

 万葉集には「はねず」あるいは「はねず色」として詠まれている歌は四首が収録されている。二七八六歌とともにこれらは、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1168)」で紹介している。ここでは、京都の随心院の「はねず踊り」についてもふれている。

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tom101010.hatenablog.com

 

「はねず梅」 京都ツウ読本HP「『はねず梅』が咲き誇る、隨心院・小野梅園」より引用させていただきました。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「京都ツウ読本HP」

★「くらしの植物苑」 (国立歴史民俗博物館HP)