万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1496,1497,1498)ー静岡県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P34、P35、P35)―万葉集 巻十二 三〇五一、巻十四 三三七六、巻十六 三八二九

―その1496―

●歌は、「あしひきの山菅の根もころに我れはぞ恋ふる君が姿に」である。

静岡県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P34)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P34)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆足桧木之 山菅根之 懃 吾波曽戀流 君之光儀乎 <或本歌曰 吾念人乎 将見因毛我母>

       (作者未詳 巻十二 三〇五一)

 

≪書き下し≫あしひきの山菅(やますが)の根のねもころに我れはぞ恋ふる君が姿を <或る本の歌には「我(あ)が思ふ人を見むよしもがも」といふ>

 

(訳)山菅の長い根ではないが、ねんごろに心底私は恋い焦がれています。あなたのお姿に。<私が思っているあの方に逢えるきっかけがあればよいのに>(同上)

(注)上二句は序。「ねもころに」を起こす。

(注)やますげ【山菅】:① 山に生えている野生のスゲ。② ヤブランの古名。〈和名抄〉(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 三〇五一歌をはじめ「山菅」を詠った歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1159)」で紹介している。

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 「『やますげ』が何をさすのかは諸説が分かれているが、ジャノヒゲかヤブラン、もしくはスゲではないかといわれている。水辺や野で詠まれたものはスゲ、山辺となるとヤブランやジャノヒゲが有力。単に「菅」として詠まれている場合や、根と共に詠まれることも多く、いずれも止むことのない一途な恋心を表現した歌に多く登場する。」(「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著)

(注)ジャノヒゲは、日本各地の林床などに自生する常緑の多年草です。ヤブラン(Liriope muscari)に似ていますが、花は下向きで茎は扁平となり、実が大きくて、秋に熟すと鮮やかなコバルトブルーになります。実は3月ごろまで残り、冬枯れの中で特に目立ちます。

細長い葉が地面を覆うように茂り、走出枝を出して広がるので、グラウンドカバープランツとして広く使われています。また、根の一部が紡錘形にふくらみ、これを乾燥させて薬用に使います。(みんなの趣味の園芸 NHK出版HP)

 

「ジャノヒゲ」 「みんなの趣味の園芸」 (NHK出版HP)より引用させていただきました。

 

 

―その1497―

●歌は、「恋しければ袖も振らむを武蔵野のうけらが花の色に出なゆめ」である。

静岡県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P35)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P35)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆古非思家波 素弖毛布良武乎 牟射志野乃 宇家良我波奈乃 伊呂尓豆奈由米

        (作者未詳 巻十四 三三七六)

 

≪書き下し≫恋(こひ)しけば袖(そで)も振らむを武蔵野(むざしの)のうけらが花の色に出(づ)なゆめ

 

(訳)恋しかったら私は袖でも振りましょうものを。しかし、あなたは、武蔵野のおけらの花の色のように、おもてに出す。そんなことをしてはいけませんよ。けっして。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)うけら【朮】名詞:草花の名。おけら。山野に自生し、秋に白や薄紅の花をつける。根は薬用。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 

この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その648)」で紹介している。

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 「オケラ」の「産地と分布」については、「本州、四国、九州、および朝鮮、中国東北部に分布し、日当たりのよい山地の乾いた所に多く、多年草。根茎は長く、草丈30~60 cm、硬くて円柱形。葉は互生、長柄があり、羽裂または楕円形。枝の頂に白色または紅色の頭花を付ける。雌雄異株。オケラの語源は古名ウケラがなまったものとされるが、ウケラの語源は不明。」(熊本大学薬学部 薬草園 「植物データベース」より)

「オケラの花」 熊本大学薬学部 薬草園 「植物データベース」より引用させていただきました。

 

 

京都 祇園 八坂神社HPに「をけら詣り」について次の様に書かれている。

「京都の年末の風物詩として12月31日の午後7時半頃から元旦の早朝5時頃まで執り行われるのが『をけら詣り』になります。

午後7時から本殿にて一年を締めくくる除夜祭が執り行われ、祭典後には境内に設けられた灯籠に順次、神職により浄火が点火されます。その際に白朮(をけら)の欠片と氏子崇敬者が一年間の無病息災を祈願した『をけら木』が一緒に炊き上げられます。

白朮とはキク科の植物であり、その根っこを乾燥させたものを燃やすと非常に強い匂いを発することから邪気を祓うとされ、江戸時代までは年末の風物詩として一般家庭でも執り行われていました。」

八坂神社HPより引用させていただきました。

 

 先日、広島大学附属福山中・高等学校の万葉歌碑を見せていただいた折に、ご親切に校内を案内していただいた上に思いがけずも頂戴した「万葉植物物語(同校編著 中国新聞社発行)に「おけら」について、「・・・地味で目立たない花ですが、万葉人はこのような花をよく見ていて、しかも上手に歌に取り入れています。その感性の素晴らしさに驚嘆します」と書かれており、漢方薬としての効用、八坂神社のおけら詣りにも言及されている。活用させていただきます。

 

 

―その1498―

●歌は、「醤酢に蒜搗き合てて鯛願ふ我にな見えそ水葱の羹は」である。

静岡県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P36)万葉歌碑<プレート>(長忌寸意吉麻呂)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P36)にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「酢(す)、醤(ひしほ)、蒜(ひる)、鯛(たひ)、水葱(なぎ)を詠む歌」である。

 

◆醤酢尓 蒜都伎合而 鯛願 吾尓勿所見 水葱乃▼物

        (長忌寸意吉麻呂 巻十六 三八二九)

※   ▼は、「者」の下が「灬」でなく「火」である。「▼+物」で「あつもの」

 

≪書き下し≫醤酢(ひしほす)に蒜(ひる)搗(つ)き合(か)てて鯛願ふ我(われ)にな見えそ水葱(なぎ)の羹(あつもの)は

 

(訳)醤(ひしお)に酢を加え蒜(ひる)をつき混ぜたたれを作って、鯛(たい)がほしいと思っているこの私の目に、見えてくれるなよ。水葱(なぎ)の吸物なんかは。(同上)

 

 この歌ならびに長忌寸意吉麻呂の歌すべてについてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その987)」で紹介している。

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 この歌に詠われている「蒜」は「ノビル」のことで、「万葉植物物語」(広島大学附属福山中・高等学校編著 中国新聞社発行)に「全国の山野に生えている野草ですが、きわめて生活力が強く、どんなところでも繁茂しています。白くてかわいい球根から、不安定な葉が一㍍近くもノビル(・・・)。どうやら「ノビル」の語源は、野に生えるヒル(ネギ、ニンニクをあらわす古語)という意味のようです。独特のにおいがあり、酢みそで食べても、ぬたにしても、おひたしにしてもおいしいものです。薬草料理の代表のようなものです。」と書かれている。

「ノビル」 「万葉植物物語」(広島大学附属福山中・高等学校編著 中国新聞社発行)より引用させていただきました。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「万葉植物物語」(広島大学附属福山中・高等学校編著 中国新聞社発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「みんなの趣味の園芸」 (NHK出版HP)

★「八坂神社HP」

★「植物データベース」 (熊本大学薬学部 薬草園HP)

 

※20230629静岡県浜松市に訂正