万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

明日香村を三回訪ねて犬養 孝揮毫万葉歌碑15か所すべて回り終えた。結構悪戦苦闘の末に。しかしこのうえない達成感が。(万葉歌碑を訪ねて―その128―)

●明日香村の犬養孝揮毫万葉歌碑を三度目のトリップですべて巡り終えた。飛鳥の歴史、万葉の歌の背景なりを感じ取ることが少しはできたような気がする。

 

 

●サンドイッチは豚カツとサンチュ。デザートはうろこ状にバナナ、レッドグローブとクリムゾンシードレス、りんご、キウイを並べた。

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7月8日のザ・モーニングセット

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7月8日のフルーツフルデザート

●万葉歌碑を訪ねて―その128―

 

「いにしへにありけむ人も我がごとか三輪の桧原にかざし折りけむ」

 

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奈良県橿原市南浦町万葉の森万葉歌碑(柿本人麻呂

 この歌碑は、奈良県橿原市南浦町万葉の森にある。橿原万葉の森第8弾である。

 

 歌をみてみよう。ただし、この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて―その63―」でとりあげているので、そちらを参考にしていただければと思います。

 

◆古尓 有險人母 如吾等架 弥和乃檜原尓 挿頭折兼

                    (柿本人麻呂 巻七 一一一八)

 

≪書き下し≫いにしへにありけむ人も我がごとか三輪(みわ)の檜原(ひはら)にかざし折けむ

(訳)遠く過ぎ去った時代にここを訪れた人も、われわれのように、三輪の檜原(ひはら)で檜の枝葉を手折って挿頭(かざし)にさしたことであろうか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「かしはら探訪ナビ」(橿原市HP)

 

 

●明日香村万葉歌碑巡り(7月8日) 

 6月30日に、犬養万葉記念館でいただいた「犬養孝揮毫万葉歌碑マップ」をたよりに三回目の明日香村万葉歌碑めぐりである。これまでに15か所のうち9か所を巡ったので、残り6か所に挑戦である。

 高松塚前小丘➡飛鳥周遊歩道下平田休憩園地➡坂田寺跡➡祝戸 飛鳥稲淵宮殿跡➡飛鳥周遊歩道岡寺から石舞台方面すぐ➡稲淵飛石の6か所の計画である。

 

  • 高松塚前小丘

 飛鳥歴史公園高松塚周辺地区駐車場に車を止める。無料である。

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国営飛鳥歴史公園

 公園内の地図を見ると高松塚古墳東南方向に「万葉歌碑」と記されている。方向性がわかるだけでも楽勝である。209号線の地下道をくぐり芝生広場を通り、近道と書いてある階段を上る。結構な登りである。梅雨のあいまの晴れは良いが、暑い!

 やがて高松塚古墳が姿を見せる。初めてである。比較的小さな円墳である。

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高松塚古墳

 

そこから100mほど登り丘の上に。万葉歌碑がありました。小高いところだけに眺めが良い。この空間を独占している。

 

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高松塚古墳近くの丘からの遠望


 

 高松塚壁画館に立ち寄る。壁画の模写したものや石槨の原寸大模型が展示されていた。石槨には盗掘のために石を削った跡まで復原されていた。他には海獣葡萄鏡のレプリカや木棺金具など盗掘の価値がないものがわずかに残されたもののレプリカもあった。説明員の方が熱心に、海獣葡萄鏡は遣唐使が持ち帰り献上したのではないか、とか、古墳の規模から皇子級では、等々から忍壁皇子ではとの持論を展開されていた。壁画の女性像から、埋葬者の島系王族の論を否定したりと、熱弁をふるっていただいた。

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高松塚壁画館

駐車場まで約500m、ここだけで往復1km歩いたことになる。

 

  • 飛鳥周遊歩道下平田休憩園地

 万葉歌碑マップでは、詳細が分からないので、方向と周辺のポイントを探りながらの行動になる。駐車場から今度は逆に北西の方向、欽明天皇陵方面を目指す。途中の案内図にも「万葉歌碑」の文字はない。近鉄線が見えて来たので行き過ぎと軌道修正、欽明天皇陵が見えてきたが、そこまでは行かずに途中で右折、鬼の俎、雪隠方向に進む。少しこんもりしたところが見えて来た。なんとなく休憩園地の雰囲気。ありました。

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飛鳥周遊歩道下平田休憩園地万葉歌碑

 よくよく見ると歴史公園の出口から直進にて左折すればすぐのところである。四角形の一辺の長さは他の三辺の和よりも短いのは当たり前、なんと遠回りをしたことか。

 

  • 坂田寺跡

 スマホで検索した坂田寺跡の住所は「明日香村坂田」となっているので、カーナビに入力するも、「坂田」周辺の案内とのメッセージである。ナビ通り進むと、上り坂もいいところ、アクセルをほぼ目いっぱいでやっと登れる感じになってくる。周辺にはそれらしきものは何も見当たらない。これはおかしいと引き返す。途中で都塚古墳があったので写真に写す。これだけでももうけものと思わざるをえない。

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都塚古墳入口

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都塚古墳説明案内板

 ふりだしにもどしマップから坂田寺跡付近と思しき所にもう一度挑戦。駐車場がないのは明らかなので、何とか車を止めれそうな場所を見つける。地図を頼りに少し戻るかたちで歩きマラ石を見つける。そこから道路を横切りまた戻る感じで右折、上り阪となる。

漸く「坂田寺跡」に碑にたどり着く。そこから少し上ったところに歌碑がありました。

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坂田金剛寺址碑

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坂田寺跡説明板

 

 ここも結局、遠回りである。坂田寺跡から車を止めたところはすぐ近くであった。地図が読めない○○○と云々という本があったが、全く地図が読めない。案内看板も少ないのが致命的。

 

 

  • 祝戸 飛鳥稲淵宮殿跡

 このようなマイナーな名所旧跡の類はカーナビでは出てこない。スマホで検索して住所を入力したりと隠れた努力を強いられる。

 気持ちの上で、少しでも車で近づきたいとハンドルを握るが、結局車1台通れるような細い道に入ってしまい、あげくの果ては、行き止まりで何とかUターン。切り返しを何回することか、タイヤさんごめんなさい。

 また逆戻りして、車を止めれそうな場所を探すが適当な場所が見つからない。先まで行ってUターンするかと何かに導かれるように前進する。すると、広場のようなものが見えて来る。説明板がある。ひょっとしたらの思いである。ラッキー、広場の入り口左手前に歌碑がありました。

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史跡飛鳥稲淵宮殿跡碑

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史跡飛鳥稲淵宮殿跡説明案内板

 まったくファインチューニングができないいらだたしさである。

 

 

  • 飛鳥周遊歩道岡寺から石舞台方面すぐ

 前回もトライしたがあきらめた歌碑である。いろいろと調べ、石舞台から岡寺方面に歩けばたどり着けそうである。石舞台駐車場に車を止め、見晴台付近から飛鳥周遊歩道に向かう。見晴らし台から石舞台を眺める。

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石舞台古墳

 上りがきつくなる。スマホのグーグルで検索すると山越えの様相である。マップの「飛鳥周遊歩道岡寺から石舞台方面すぐ」の「すぐ」を考えあわせ、このルートをあきらめる。また駐車場に戻り、岡寺を目指す。

 岡寺の駐車場に車を止め、飛鳥周遊歩道を歩く。

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岡寺(駐車場から撮影)

 「飛鳥周遊歩道岡寺から石舞台方面すぐ」の「すぐ」が曲者であった。つづら折りの道を上り、また上りである。あきらめようと迷いつつもそこのカーブの先まで行けばとがんばり、裏切られ、ここまで来たのだからと励まし進む。石舞台方面の看板があり、右手に少し開けたところが見えて来た。その中央に歌碑らしきものが。ありました。ありました。

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嶋の宮の歌碑と周りの風景

 

 

  • 稲淵飛石

 いよいよ残り1か所。途中、稲淵棚田の看板が立っているのが見えた。何人かが棚田を撮影している。その先の二股の左側の道を進む。途中右手方向に「飛石」の立札があった。駐車場はない。スペースのない。しばらく進んでUターン。人様の納屋の前のスペースに車を申し訳ないと心で叫んで、止めさせてもらう。そこから飛鳥川の方に歩いて降りていく。小さな橋があり、上流には堰から滝状に水しぶきが上がっていてなかなかの風情である。歌碑がありそうな雰囲気である。しかし、どちらの方に行けばよいのか案内板がない。うろうろするが、見つからないので、車を止めているのが気になり、あきらめて車に戻る。先ほどの二股のところまで戻り、マップのらしきところを川の反対側から探すことにする。しばらく行くと、左下方向に手書きの「飛石」の文字が目に飛び込む。ここもしばらく行ってからUターン。下りの人ひとり通れる細い道。川の流れの音が。飛石があった。しかし、辺りを見渡しても歌碑らしきものは見当たらない。

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飛石

 

 飛石を渡る。歌碑はない。探している歌のとおり「石橋の遠き心は思ほえぬかも」である。そこをあきらめ車でゆっくり戻る。車で降りれそうなところがあるが、どうもそこは、先ほど右岸側から降りてきたところである。もう一度降りていく。歌碑の在りそうなところを探すがやはり見つからない。あきらめつつもあきらめられない気持ち。車に戻り、手掛かりを探しながらゆっくりと進む。手書きの「飛石」の文字が。車を止め、祈る気持ちで、川を目指す。畑の縁を縫うように進む。飛石が見えた。さらに進むと、小さな橋に出る。橋向の右手に歌碑らしきものが!!! ありました。ありました。ありました。

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万葉歌碑(手前)と飛石

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整然とした飛石


 今日は何という日なのだろう。素直に行き着いたのはしょっぱなだけで、あとは、遠回り、遠回り、行きつ戻りつの繰り返しだった。

 帰りに「稲淵棚田」の所に車を止め、棚田を撮影。

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明日香村稲淵の棚田風景

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稲淵棚田説明板

 

犬養孝揮毫15の万葉歌碑すべて巡ったのである。

 

 帰りすがり、前回写さなかった雷橋近くの歌碑を撮影。なでしこと銘打って、民家の家の前にあり、歌碑の前に花を植えてあるので、これまでの歌碑と雰囲気が全然違ったので、万葉歌碑ではないと思い撮影もしなかったが、後で調べると大伴家持の歌碑であることが分かった。写しておいて違えば消去すればよいのだが、なぜか雰囲気に惑わされ写す気にもならなかったものである。

 大変な一日であったが、達成感からか苦労は嘘のような思えた。

 やはり万葉の世界の魅力は底知れない。ものがある。

 挑戦し続けるぞ!

 

(参考文献)

犬養孝揮毫万葉歌碑マップ(明日香村)