万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1581,1582,1583)―静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P70、P71、P72)―万葉集 巻十一 二四六九、巻三 二五九、巻十 一八七九

―その1581―

●歌は、「山ぢさの白露重みうらぶれて心も深く我が恋やまず」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P70)万葉歌碑<プレート>(柿本人麻呂歌集)

●歌碑(プレート)は、にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆山萵苣 白露重 浦經 心深 吾戀不止

      (柿本人麻呂歌集 巻十一 二四六九)

 

≪書き下し≫山ぢさの白露(しらつゆ)重(おも)みうらぶれて

 

 

心も深く我(あ)が恋やまず

 

(訳)山ぢさが白露の重さでうなだれているように、すっかりしょげてしまって、心の底も深々と、私の恋は止むこともない。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)やまぢさ【山萵苣】名詞:えごのき(=植物の名)の別名。一説に、いわたばこ(=野草の名)の別名とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)上二句は序。「うらぶれて」をおこす。

(注)うらぶる:自動詞:わびしく思う。悲しみに沈む。しょんぼりする。 ※「うら」は心の意。(学研)

 

 「ちさ・やまぢさ」を詠んだ歌は、三首収録されている。三首についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1081)」で紹介している。

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 「ちさ・やまぢさ」については、「アブラチャン」「エゴノキ」「イワタバコ」「チシャノキ」説がある。この四つの植物については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1558)」で紹介している。

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 「山ぢさ」ならびに「ちさ」の詠まれている箇所をみてみよう。

 

一三六〇歌「・・・山ぢさの花にか君がうつろひぬらむ・・・」

二四六九歌「山ぢさの白露(しらつゆ)重(おも)みうらぶれて・・・」

四一〇六歌「・・・ちさの花 咲ける盛りに・・・春花の 盛りもあらむと 待たしけむ 時の盛りぞ・・・」

 

 一三六〇、二四六九歌は、どちらもうらぶれた感じが強く山野草の「イワタバコ」が似合いそうな気がする。四一〇六歌は、内容的には喩す歌なので、喩される方はうなだれるかもしれないが、今が盛りなのに、どうして、というニュアンスが強い。木々で咲き誇るエゴノキなどがふさわしいような気がする。

 

 

 

―その1582―

●歌は、「いつの間も神さびけるか香具山の桙杉の本に苔生すまでに」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P71)万葉歌碑<プレート>(鴨君足人)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P71)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆何時間毛 神左備祁留鹿 香山之 鉾椙之本尓 薜生左右二

       (鴨君足人 巻三 二五九)

 

≪書き下し≫いつの間(ま)も神(かむ)さびけるか香具山(かぐやま)の桙杉(ほこすぎ)の本(もと)に苔(こけ)生(む)すまでに

 

(訳)いつの間にこうも人気がなく神さびてしまったのか。香具山の尖(とが)った杉の大木の、その根元に苔が生すほどに。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)ほこすぎ【矛杉・桙杉】:矛のようにまっすぐ生い立った杉。(広辞苑無料検索)

(注)桙杉(ほこすぎ)の本(もと):矛先の様にとがった、杉の大木のその根元。(伊藤脚注)

 

 二五七から二五九歌の題詞は、「鴨君足人香具山歌一首 幷短歌」<鴨君足人(かものきみたりひと)が香具山(かぐやま)の歌一首 幷(あは)せて短歌>である。

(注)鴨君足人:伝未詳

(注)持統十一年(697年)頃、高市皇子の香具山周辺の荒廃を嘆く歌か。

 

 二五七から二五九歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1466)」で紹介している。

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 歌碑(プレート)の植物名は、「こけ(ヤマコスギコケ)」と書かれている。

 「ヤマコスギコケ」について検索したが、「環境省 日本のレッドデータ検索システム」には、「準絶滅危惧(NT):現時点では絶滅危険度は小さいが、生息条件の変化によっては「絶滅危惧」に移行する可能性のある種」として掲載されていた。

 

 似ている「コスギコケ」については、「緑化だより」(広島県緑化センター №127 平成29年5月号)に掲載されていたので引用させていただきました。


 

 

 

―その1583―

●歌は、「春日野に煙立つ見ゆ娘子らし春野うはぎ摘みて煮らしも」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P72)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P72)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆春日野尓 煙立所見 ▼嬬等四 春野之菟芽子 採而▽良思文

       (作者未詳 巻十 一八七九)

        ※▼は、「女」+「感」、「『女』+『感』+嬬」=「をとめ」

      ※※▽は、「者」の下に「火」である。「煮る」である。

 

≪書き下し≫春日野(かすがの)に煙立つ見(み)ゆ娘子(をとめ)らし春野(はるの)のうはぎ摘(つ)みて煮(に)らしも

 

(訳)春日野に今しも煙が立ち上っている、おとめたちが春の野のよめなを摘んで煮ているらしい。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)うはぎ:よめなの古名。

(注)らし 助動詞特殊型:《接続》活用語の終止形に付く。ただし、ラ変型活用の語には連体形に付く。①〔推定〕…らしい。きっと…しているだろう。…にちがいない。▽現在の事態について、根拠に基づいて推定する。②〔原因・理由の推定〕(…であるのは)…であるかららしい。(…しているのは)きっと…というわけだろう。(…ということで)…らしい。▽明らかな事態を表す語に付いて、その原因・理由となる事柄を推定する。 ⇒語法:(1)連体形と已然形の「らし」(2)上代の連体形「らしき」 上代の連体形には「らしき」があったが、係助詞「か」「こそ」の結びのみで、しかも用例は少ない。係助詞「こそ」の結びの場合、上代では、形容詞型活用の語の結びはすべて連体形であるので、これも連体形とされる。(3)「らむ」との違い⇒らむ(4)主として上代に用いられ、中古には和歌に見られるだけである。(5)ラ変型活用の語の連体形に付く場合、活用語尾の「る」が省略されて、「あらし」「けらし」「ならし」などの形になる傾向が強い。 ⇒注意:「らし」が用いられるときには、常に、推定の根拠が示されるので、その根拠を的確にとらえることである。(学研)

 

 この歌については、春日野周辺に関する話とともにブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1029)」で紹介している。

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歌碑(プレート)の植物名は、「うはぎ(ヨメナ)」と書かれている。

ヨメナ」については、「植物データベース」(熊本大学薬学部 薬草園HP)に、「多年草、草丈30~100 cm。根茎は長く匍匐する。茎は上部で分枝し、やや帯紫緑色で平滑、葉は互生。・・・」と書かれ、「薬効と用途」として、「解熱、解毒、止血薬として吐血、鼻血、黄疸、水腫、咽喉痛、痔などに用いる。葉は山菜として食用。ヨメナご飯が美味。」と書かれている。

 

「うはぎ(ヨメナ)」 「植物データベース」(熊本大学薬学部 薬草園HP)より引用させていただきました。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「広辞苑無料検索」

★「環境省 日本のレッドデータ検索システム」

★「緑化だより」(広島県緑化センター №127 平成29年5月号)

★「はままつ万葉歌碑・故地マップ」 (制作 浜松市