万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1545,1546,1547)―静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P34、P35、P36)―万葉集 巻十四 三五〇八、巻二十 四一六九、巻十四 三三五〇

―その1545―

●歌は、「芝付の御宇良崎なるねつこ草相見ずあらずば我れ恋ひめやも」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P34)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P34)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆芝付乃 御宇良佐伎奈流 根都古具佐 安比見受安良婆 安礼古非米夜母

      (作者未詳 巻十四 三五〇八)

 

≪書き下し≫芝付(しばつき)の御宇良崎(みうらさき)なるねつこ草(ぐさ)相見(あひみ)ずあらずば我(あ)れ恋ひめやも

 

(訳)芝付(しばつき)の御宇良崎(みうらさき)のねつこ草、あの一緒に寝た子とめぐり会いさえしなかったら、俺はこんなにも恋い焦がれることはなかったはずだ(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)。

(注)ねつこぐさ【ねつこ草】〘名〙: オキナグサ、また、シバクサとされるが未詳。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典精選版 )

(注の注)ねつこ草は女性の譬え。「寝つ子」を懸ける。

(注)あひみる【相見る・逢ひ見る】自動詞:①対面する。②契りを結ぶ。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)めやも 分類連語:…だろうか、いや…ではないなあ。 ⇒なりたち 推量の助動詞「む」の已然形+反語の係助詞「や」+終助詞「も」(学研)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1146)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

「ねつこぐさ」はオキナグサあるいはシバクサと考えられている。

オキナグサは、「本州、四国、九州の日当たりのよい草原や林縁に生える多年草です。花後にできるタネに白く長い毛があり、そのタネが密集して風にそよぐ姿を老人の白髪に見立てて『オキナグサ(翁草)』と呼ばれているといわれます。」(みんなの趣味の園芸 NHK出版HP)


 「しばくさ」は、今日の「芝」と異なり、道などの雑草をいう。「芝付の」は、枕詞っぽい響きがする。雑草の根がしっかりと絡まる「ねつこぐさ」に懸ると考えると、東歌らしい赤裸々さも感じられなくはないように思える。

 

 「ネジバナ」とする考え方もある。


花の蛇行が、絡みつくイメージを醸し出している。可憐な花である。丁度庭に咲いている一枚です。

 

 

 

 

―その1546―

●歌は、「・・・白玉の見が欲し御面直向ひ見む時までは松柏の栄えいまさね貴き我が君」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P35)万葉歌碑<プレート>(大伴家持



●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P35)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆霍公鳥 来喧五月尓 咲尓保布 花橘乃 香吉 於夜能御言 朝暮尓 不聞日麻祢久 安麻射可流 夷尓之居者 安之比奇乃 山乃多乎里尓 立雲乎 余曽能未見都追 嘆蘇良 夜須家奈久尓 念蘇良 苦伎毛能乎 奈呉乃海部之 潜取云 真珠乃 見我保之御面 多太向 将見時麻泥波 松栢乃 佐賀延伊麻佐祢 尊安我吉美 <御面謂之美於毛和>

       (大伴家持 巻二十 四一六九)

 

≪書き下し≫ほととぎす 来鳴く五月(さつき)に 咲きにほふ 花橘(はなたちばな)の かぐはしき 親の御言(みこと) 朝夕(あさよひ)に 聞かぬ日まねく 天離(あまざか)る 鄙(ひな)にし居(を)れば あしひきの 山のたをりに 立つ雲を よそのみ見つつ 嘆くそら 安けなくに 思ふそら 苦しきものを 奈呉(なご)の海人(あま)の 潜(かづ)き取るといふ 白玉(しらたま)の 見が欲(ほ)し御面(みおもわ) 直向(ただむか)ひ 見む時までは 松柏(まつかへ)の 栄(さか)えいまさね 貴(たひとき)き我(あ)が君 <御面、みおもわといふ>

 

(訳)時鳥が来て鳴く五月に咲き薫(かお)る花橘のように、かぐわしい母上様のお言葉、そのお声を朝に夕に聞かぬ日が積もるばかりで、都遠く離れたこんな鄙の地に住んでいるので、累々と重なる山の尾根に立つ雲、その雲を遠くから見やるばかりで、嘆く心は休まる暇もなく、思う心は苦しくてなりません。奈呉の海人(あま)がもぐって採るという真珠のように、見たい見たいと思う御面(みおも)、そのお顔を目(ま)の当たりに見るその時までは、どうか常盤(ときわ)の松や柏(かしわ)のように、お変わりなく元気でいらして下さい。尊い我が母君様。<御面は「みおもわ」と訓みます>(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)「ほととぎす 来鳴く五月に 咲きにほふ 花橘の」は序。「かぐはしき」を起こす。

(注)かぐはし【香ぐはし・馨し】形容詞:①香り高い。かんばしい。②美しい。心がひかれる。(学研)

(注)みこと【御言・命】名詞:お言葉。仰せ。詔(みことのり)。▽神や天皇の言葉の尊敬語。 ※「み」は接頭語。上代語。(学研)

(注)やまのたをり【山のたをり】分類連語:山の尾根のくぼんだ所。(学研)

(注)よそ【余所】名詞:離れた所。別の所。(学研)

(注)そら【空】名詞:①大空。空。天空。②空模様。天気。③途上。方向。場所。④気持ち。心地。▽多く打消の語を伴い、不安・空虚な心の状態を表す。(学研) ここでは④の意

(注)やすげなし【安げ無し】形容詞:安心できない。落ち着かない。不安だ。(学研)

(注)「奈呉の海人の 潜き取るといふ 白玉の」は序。「見が欲し」を起こす。

(注)まつかへの【松柏の】[枕]:松・カシワが常緑で樹齢久しいところから、「栄ゆ」にかかる。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)あがきみ【吾が君】名詞:あなた。あなたさま。▽相手を親しんで、また敬愛の気持ちをこめて呼びかける語。(学研)

 

 題詞は、「為家婦贈在京尊母所誂作歌一首 幷短歌」<家婦(かふ)の、京に在(いま)す尊母(そんぼ)に贈るために、誂(あとら)へられて作る歌一首 幷(あは)せて短歌>である。「誂(あとら)へられて作る」とあるので、妻の大嬢に頼まれて家持が代作したのであろう。

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1123)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 歌碑(プレート)には、「かへ 栢 かや イチイ科」と書かれている。

(注)かや【榧・柏・栢】〘名〙:① イチイ科の常緑高木。本州の宮城、山形県以南、四国、九州、南朝鮮の山地に生え、庭などに植えられる。観賞用のものも多い。高さ二〇メートル、直径一メートル以上にもなる。・・・葉は臭気があり蚊やりに用いられた。材は黄色を帯び、緻密(ちみつ)で腐りにくいので、建築、器具、造船材とし、とくに碁盤、将棋盤によいとされる。ほんがや。かやのき。かえ。・・・)カヤはカヘが変化したものと思われる。」(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

―その1547―

●歌は、「筑波嶺の新桑繭の衣はあれど君が御衣しあやに着欲しも」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P36)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)



●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P36)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆筑波祢乃 尓比具波波麻欲能 伎奴波安礼杼 伎美我美家思志 安夜尓伎保思母

      (作者未詳 巻十四 三三五〇)

   或本歌日 多良知祢能 又云 安麻多氣保思母

 

≪書き下し≫筑波嶺(つくはね)の新桑繭(にひぐはまよ)の衣(きぬ)はあれど君が御衣(みけし)しあやに着(き)欲(ほ)しも

   或本の歌には「たらちねの」といふ。また「あまた着(き)欲しも」といふ。

 

(訳)筑波嶺一帯の、新桑で飼った繭の着物はあり、それはそれですばらしいけれど、やっぱり、あなたのお召がむしょうに着たい。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)新桑繭(読み)にいぐわまよ :新しい桑の葉で育った繭。今年の蚕の繭。(コトバンク デジタル大辞泉

(注)みけし【御衣】名詞:お召し物。▽貴人の衣服の尊敬語。 ※「み」は接頭語。(学研)

(注)あやに【奇に】副詞:むやみに。ひどく。(学研)

 

 新しい桑の葉で育った蚕から採った高価な絹の衣服よりも、あなたの衣服を身に着けたい、「信州信濃の新そばよりも、わたしゃあなたのそばがよい」といったノリである。

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その579)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

絹の歴史、蜻蛉領巾、西市で絹の粗悪品つかまされたという歌等についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1052)」で紹介している。

➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

「桑」について、「生薬ものしり事典」(Yomeisyu HP)に次の様に書かれている。

「一般的に『桑』と呼ばれているのは、植物分類学で『マグワ』のことです。クワ科、クワ属の植物で、北海道から九州の日本各地と朝鮮半島から中国大陸の山地に分布する中国原産の落葉高木植物です。

桑は古くから、絹糸になるマユを作るカイコの餌としても知られています。

桑は薬用に使用する部位が多くあります。『日本薬局方』には、冬に根を掘り、皮部を剥いで天日乾燥した『桑白皮(そうはくひ)』が収載されています。民間では、葉や実なども薬用とされ、11月頃の葉を採取して天日乾燥したものを『桑葉(そうよう)』といい、4〜6月頃に若い枝を刈り取り、天日乾燥したものを『桑枝(そうし)』、実の部分(果穂)を集めて乾燥したものを『桑椹(そうじん)』と呼んでいます。」

「生薬ものしり事典」(Yomeisyu HP)より引用させていただきました。

桑がこんなに役立つものであるとは驚きである。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「コトバンク デジタル大辞泉

★「庭木図鑑 植木ペディア」

★「生薬ものしり事典」 (Yomeisyu HP)

★「みんなの趣味の園芸」 (NHK出版HP)

★「はままつ万葉歌碑・故地マップ」 (制作 浜松市