―その1606―
●歌は、「あしひきの山道も知らず白橿の枝もとををに雪の降れれば」である。
●歌碑(プレート)は、広島県呉市倉橋町 万葉植物公園(13)にある。
●歌をみていこう。
◆足引 山道不知 白牫牱 枝母等乎ゞ乎 雪落者 或云 枝毛多和ゝゝ
(柿本人麻呂歌集 巻十 二三一五)
≪書き下し≫あしひきの山道(やまぢ)も知らず白橿(しらかし)の枝もとををに雪の降れれば 或いは「枝もたわたわ」といふ
(訳)あしひきの山道のありかさえもわからない。白橿の枝も撓(たわ)むほどに雪が降り積もっているので。<枝もたわわに>(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)とををなり【撓なり】形容動詞:たわみしなっている。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)たわたわ【撓 撓】( 形動ナリ ):たわみしなうさま。(weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)
左注は、「右柿本朝臣人麻呂之歌集出也 但件一首 或本云三方沙弥作」<右は、柿本朝臣人麻呂が歌集に出づ。ただし、件(くだり)の一首は、或本には「三方沙弥(みかたのさみ)が作」といふ>である。 件(くだり)の一首は、二三一五歌をさしている。
この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その871)」で紹介している。
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歌碑(プレート)の植物名は、「しらかし(白橿)」、万葉集花名「しらかし」・現代花名「シラカシ」と書かれている。
「とををに」と詠んだもう一首をみてみよう。
題詞は、「大伴宿祢像見歌一首」<大伴宿禰像見(おほとものすくねかたみ)が歌一首>である。
◆秋芽子乃 枝毛十尾二 降露乃 消者雖消 色出目八方
(大伴像見 巻八 一五九五)
≪書き下し≫秋萩の枝もとををに置く露の消なば消ぬとも色に出でめやも
(訳)秋萩の枝も撓(たわ)むばかりに置いている露、その露のように、この身が消えるなら消えてしまおうとも、胸のうちを面(おもて)に出したりするものか。(同上)
(注)上三句は序。「消なば」を起こす。(伊藤脚注)
(注)色に出でめやも:そぶりに表したりなどしようか。(伊藤脚注)
(注の注)めやも 分類連語:…だろうか、いや…ではないなあ。 ⇒なりたち:推量の助動詞「む」の已然形+反語の係助詞「や」+終助詞「も」(学研)
「とををなり」にしても「たわわなり」にしても、何か幼児的皮膚感覚に近い言い回しには心引かれるものがある。
一五九五歌の「十尾」は垂れ下がった萩の枝を九尾の狐ではないが、十本の尾にみたて「十尾」とし「に」も「二」と書いている。そして「やも」も「八方」と数字を使っている。書き手の遊び心なのだろう。
万葉集の楽しさがこのようなところにも。
―その1607―
●歌は、「ぬばたまの黒神山の山菅に小雨降りしきしくしくお思ほゆ」である。
●歌碑(プレート)は、広島県呉市倉橋町 万葉植物公園(14)にある。
●歌をみていこう。
◆烏玉 黒髪山 山草 小雨零敷 益ゝ所思
(作者未詳 巻十一 二四五六)
≪書き下し≫ぬばたまの黒髪山(くろかみやま)の山菅(やますげ)に小雨(こさめ)降りしきしくしく思(おも)ほゆ
(訳)みずみずしい黒髪山の山菅、その菅に小雨が降りしきりるように、あの人のことがしきりに思われてならない。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)
(注)黒髪山:所在未詳。奈良市佐保山の一部とも。(伊藤脚注)
(注)上四句「烏玉 黒髪山 山草 小雨零敷」は序、「益ゝ(しくしく)」を起こす。(伊藤脚注)
(注)しくしく(と・に)【頻く頻く(と・に)】副詞:うち続いて。しきりに。(学研)
歌碑(プレート)の植物名は、「やぶらん(藪蘭)」、万葉集花名「やますげ」・現代花名「ヤブラン」と書かれている。
二四五六歌の歌碑は、黒髪山(旧奈良ドリームランド近く)から、近鉄奈良駅に向かう途中の奈良佐保山万葉の苑(鴻ノ池陸上競技場―ロートフィールド奈良―隣接)にある。
この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その16改)」で紹介している。(初期のブログであるのでタイトル写真には朝食の写真が掲載されていますが、「改」では、朝食の写真ならびに関連記事を削除し、一部改訂致しております。ご容赦ください。)
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―その1608―
●歌は、「我妹子を聞き都賀野辺のしなひ合歓木我は忍いえず間なくし思へば」である。
●歌碑(プレート)は、広島県呉市倉橋町 万葉植物公園(15)にある。
●歌をみていこう。
◆吾妹兒乎 聞都賀野邊能 靡合歓木 吾者隠不得 間無念者
(作者未詳 巻十一 二七五二)
≪書き下し≫我妹子(わぎもこ)を聞き都賀野辺(つがのへ)のしなひ合歓木(ねぶ)我(あ)は忍びえず間(ま)なくし思へば
(訳)あの子の噂を聞き継ぎたい、その都賀野の野辺にしなっている合歓木のように、わたしはしのびこらえることができない。ひっきりなしに思っているので。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)
(注)「聞き」までが「都賀」を、上三句は「忍び」を起こす序。(伊藤脚注)いわゆる「二重の序」になっている。
(注)しなふ【撓ふ】自動詞:しなやかにたわむ。美しい曲線を描く。(学研)
この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その338)」で紹介している。
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歌碑(プレート)の植物名は、「ねむのき(合歓の木)」、万葉集花名「ねぶ」・現代花名「ネムノキ」と書かれている。
上記の「二重の序」についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1053)」で紹介している。
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(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」