万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その201改)―京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園 №6―万葉集 巻十 二一八八

●歌は、「黄葉のにほひは繁ししかれども妻梨の木を手折りかざざむ」

 

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京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園万葉歌碑(作者未詳)と復元官衙建物

●歌碑は、京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園 にある。

  公園の中央部は、復元された官衙建物(柱群)があり、周囲の木々の根元付近に万葉歌碑が設営されている。

 

●歌をみていこう。

 

◆黄葉之 丹穂日者繁 然鞆 妻梨木乎 手折可佐寒

                                  (作者未詳    巻十 二一八八)

 

≪書き下し≫黄葉(もみぢば)のにほひは繁(しげ)ししかれども妻(つま)梨(なし)の木を手折(たを)りかざさむ

 

(訳)あの山のもみじの色づきはとりどりだ。しかし、妻なしの私は梨の木を手折って挿頭(かざし)にしよう。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)にほひ【匂ひ】名詞:①(美しい)色あい。色つや。②(輝くような)美しさ。つややかな美しさ。③魅力。気品。④(よい)香り。におい。⑤栄華。威光。⑥(句に漂う)気分。余情。(俳諧用語)(学研)ここでは①の意

(注)かざし【挿頭】名詞:花やその枝、のちには造花を、頭髪や冠などに挿すこと。また、その挿したもの。髪飾り。(学研)

(注)つまなし【妻梨】名詞:植物の梨(なし)の別名。「妻無し」に言いかけた語。(学研)

  

 ここ、正道官衙遺跡公園には植物にちなんだ歌碑が三十ある。万葉集には植物が一五〇種類以上詠まれ、それに関連する歌は実に2,000首近くに達するという。古代の人々は、成長する植物に生命力を感じ、呪力を持っていると信じたのであろう。

 

 次の歌のように、「神聖な槻の木」を「斎槻」と表現している。

◆長谷 弓槻下 吾隠在妻 赤根刺 所光月夜迩 人見點鴨

            (作者未詳 巻十一 二三五三)

 

≪書き下し≫泊瀬(はつせ)の斎槻(ゆつき)が下(した)に我が隠(かく)せる妻 あかねさし照れる月夜(つくよ)に人見てむかも

 

(訳)泊瀬のこんもり茂る槻の木の下に、私がひっそりと隠してある妻。その妻を、あかあかと隈(くま)なく照らすこの月の夜に、人が見つけてしまうのではなかろうか。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

 

「斎小竹(ゆささ)」「斎(いは)ふ杉」といった表現もある。

(注)い【斎】接頭語:〔神事に関する名詞に付いて〕神聖な。清浄な。▽不浄を清める意を表す。「い垣」

   

 実のならない木には神が降臨するとも詠われた。神社に御神木があるが、これは社殿がない時代に「神木」を中心に祭りが執り行われたと考えられている。

 松が祭りの木の代表として「まつ」の名を負っているのである。巻六の九九〇歌のごとく、樹齢の長い木に霊気を感じたのであろう。

 

◆茂岡尓 神佐備立而 榮有 千代松樹乃 歳之不知久

               (紀朝臣鹿人 巻六 九九〇)

 

≪書き下し≫茂岡に神(かむ)さび立ちて栄たる千代松(ちよまつ)の木の年の知らなくに

 

(訳)茂岡に神々しく立って茂り栄えている、千代ののちを待つというの木、この木の齢の見当もつかない(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

 祭りの時は、人は身を清め、歌碑にある二一八八歌にあるように、黄葉、梅、萩、桜、藤などで「挿頭(かざし)」をつけたり、菖蒲草、青柳、稲穂、橘、梅などで作った「蘰(かずら)」を頭につけて、参加したのである。植物の生命力を我が身に移そうとするまじないの意味もあるのだろう。

 

「蘰(かずら)」については、次のような涙ぐましい男のユーモラスな歌もある。

 ◆大夫之 伏居嘆而 造有 四垂柳之 蘰為吾妹

              (作者未詳 巻十 一九二四)

 

≪書き下し≫ますらをの伏(ふ)し居(ゐ)嘆きて作りたるしだりの柳のかづらせ我妹(わぎも)

 

(訳)ますらおたるこの私が、伏すにつけ坐るにつけ溜息つきながら作ったしだれ柳の髪飾りをきっとつけておくれ、いとしいそなたよ。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「別冊國文學 万葉集必携」 稲岡耕二 編 (學燈社

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

 

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