●歌は、「我がやどの穂蓼古幹摘み生し実になるまでに君をし待たむ」である。
●歌碑(プレート)は、奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(77)にある。
●歌をみていこう。
◆吾屋戸之 穂蓼古幹 棌生之 實成左右二 君乎志将待
(作者未詳 巻十一 二七五九)
≪書き下し≫我(わ)がやどの穂蓼(ほたで)古幹(ふるから)摘(つ)み生(おほ)し実(み)になるまでに君をし待たむ
(訳)我が家の庭の穂蓼の古い茎、その実を摘んで蒔(ま)いて育て、やがてまた実を結ぶようになるまでも、私はずっとあなたを待ち続けています。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)
(注)ほたで【穂蓼】:蓼の穂が出たもの。蓼の花穂(かすい)。蓼の花。(weblio辞書 三省堂大辞林第三版)
(注)ふるから【古幹】名詞:古い茎。
「君をし待たむ」と詠っているので、女性の歌と思われる。相手の男がたくましく成長するのを待つというのではなく、蓼の古い茎から実を摘んで育て、実を結ぶまでじっと待ち続けるというつつましやかな、ある意味何といういじらしい女性の気持ちであろうか。
この歌を含め、万葉集では「たで」を詠った歌は三首収録されている。これらについては、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その330)」で紹介している。
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春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板によると、「『蓼(タデ)』は種類が多いが、当時食用として庭に植えていた『柳蓼(ヤナギタデ)』かその変種だといわれる。『柳蓼(ヤナギタデ)』は『マタデ』・『ホンタデ』とも呼ばれ、湿地や水辺に生える一年草であり、葉がヤナギに似ており、秋には白い花穂が下向きに垂れて付く。(中略)ピリッとした辛味があり、葉をすりつぶした『蓼酢(タデス)』は鮎(アユ)などの味を引き立てるのに使われ、赤色の小さな芽生え(メバエ)は刺身(サシミ)のつまに添えられる。人の好みの様々な事を示す『蓼食う虫も好き好き』の語源になったほど苦い。(後略)」と書かれている。
(注)やなぎたで【柳蓼】:タデ科の一年草。水辺に生え、高さ40〜60センチ。柳に似て細長い葉を互生し、鞘(さや)状の托葉(たくよう)をもつ。夏から秋、白い小花をまばらな穂状につける。葉に辛味があり、香辛料とする。ほんたで。またで。《季 夏》(weblio辞書 デジタル大辞泉)
この歌は、巻十一の柿本人麻呂歌集とは異なる他の歌集から収録した「寄物陳思歌」(二六一九から二八〇七歌)の内の一首である。
伊藤 博氏は、その著「「万葉集 三」(角川ソフィア文庫)の中で、歌群に細分化して解説をされている。二七五七~二七六二歌が細分化され一つの歌群になっている。細分化の理由は小生にはわからない。
この歌群をみてみよう。
◆王之 御笠尓縫有 在間菅 有管雖看 事無吾妹
(作者未詳 巻十一 二七五七)
≪書き下し≫大君の御笠(みかさ)に縫(ぬ)へる有馬菅(ありますげ)ありつつ見れど事なき我妹(わぎも)
(訳)大君の御笠にと縫い綴っている有馬の菅、その名ではないが、ありつつ―ずっと続けて見ているけれど、申し分のないあの子だ。(同上)
(注)上三句は序。「ありつつ」を起こす。
(注)ありますげ【有馬菅】〘名〙 古代、摂津国(兵庫県)の有馬付近に産した良質のすげ。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典)
(注)ことなし【事無し】形容詞:①平穏無事である。何事もない。②心配なことがない。③取り立ててすることがない。たいした用事もない。④たやすい。容易だ。⑤非難すべき点がない。欠点がない。(学研) ここでは⑤の意
◆菅根之 懃妹尓 戀西 益卜男心 不所念鳧
(作者未詳 巻十一 二七五八)
≪書き下し≫菅(すが)の根のねもころ妹(いも)に恋ふるにしますらを心(ごころ)思ほえぬかも
(訳)菅の根というではないが、ねんごろにあの子に惚(ほ)れ込んでしまった挙句、しっかとしたますらお心さえ持ち合わせぬことになってしまった。(同上)
(注)ねもころ【懇】副詞:心をこめて。熱心に。「ねもごろ」とも。 ※「ねんごろ」の古い形(学研)
(注)し 副助詞:《接続》体言、活用語の連用形・連体形、副詞、助詞などに付く。〔強意〕 ⇒ 参考「係助詞」「間投助詞」とする説もある。中古以降は、「しも」「しぞ」「しか」「しこそ」など係助詞を伴った形で用いられることが多くなり、現代では「ただし」「必ずしも」「果てしない」など、慣用化した語の中で用いられる。(学研)
◆足桧之 山澤徊具乎 採将去 日谷毛相為 母者責十方
(作者未詳 巻十一 二七六〇)
≪書き下し≫あしひきの山沢(やまさわ)ゑぐを摘(つ)みに行かむ日だにも逢はせ母は責(せ)むとも
(訳)あの山の沢のえぐを摘みに行くその日だけでも逢って下さいましな。母さんが二人の仲を責め立てようと。(同上)
(注)ゑぐ 〘名〙: (あくが強い意の「えぐし(蘞)」から出た語) 植物「くろぐわい(黒慈姑)」の異名。一説に「せり(芹)」をさすともいう。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典)
◆奥山之 石本菅乃 根深毛 所思鴨 吾念妻者
(作者未詳 巻十一 二七六一)
≪書き下し≫奥山の岩本菅(いはもとすげ)の根深くも思ほゆるかも我(あ)が思ひ妻(づま)は
(訳)奥山の岩蔭に生える山菅が根を地に深く食い込ませているように、心の底深く食い込んで離れようとはしない。いとしくてならぬ我が妻は。(同上)
(注)上二句は序。「根深くも」を起こす。
◆蘆垣之 中之似兒草 尓故余漢 我共咲為而 人尓所知名
(作者未詳 巻十一 二七六二)
≪書き下し≫葦垣(あしかき)の中のにこ草(ぐさ)にこやかに我(わ)れと笑(ゑ)まして人に知らゆな
(訳)葦垣の中に隠れているにこ草、その名のように、にこやかに私にだけほほ笑みかけて、まわりの人にそれと知られないようにして下さいね。(同上)
(注)上二句は序。「にこやかに」を起こす。
この二七六二歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1080)」で紹介している。
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時間軸でもって、思いや愛情の深さを表した歌群になっているように思えるが。
二七六〇歌に詠まれている「ゑぐ」は、一八三九歌でも詠われている。こちらもみてみよう。
◆為君 山田之澤 恵具採跡 雪消之水尓 裳裾所沾
(作者未詳 巻十 一八三九)
≪書き下し≫君がため山田の沢(さは)にゑぐ摘(つ)むと雪消(ゆきげ)の水に裳(も)の裾(すそ)濡れぬ
(訳)あの方のために、山田のほとりの沢でえぐを摘もうとして、雪解け水に裳の裾を濡らしてしまった。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)えぐ:〘名〙 (あくが強い意の「えぐし(蘞)」から出た語) 植物「くろぐわい(黒慈姑)」の異名。一説に「せり(芹)」をさすともいう。えぐな。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典)
(注)ほとり【辺】名詞:①辺境。果て。②そば。かたわら。近辺。③関係の近い人。縁故のある人。(学研)
この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その785)」で紹介している。
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(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」