―その1646―
●歌は、「思ふ故に逢ふものならばしましくも妹が目離れて我れ居らめやも」である。
●歌をみていこう。
◆於毛布恵尓 安布毛能奈良婆 之末思久毛 伊母我目可礼弖 安礼乎良米也母
(中臣宅守 巻十五 三七三一)
≪書き下し≫思ふ故(ゑ)に逢(あ)ふものならばしましくも妹(いも)が目離(か)れて我(あ)れ居(を)らめやも
(訳)思う気持ちがあれば逢えるよいうものだったら、ほんのしばらくでもいとしいあなたの顔を見ないままでこの私がいるなどということがあるものか。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)しましく【暫しく】副詞:少しの間。 ※上代語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)めかる【目離る】自動詞:しだいに見なくなる。遠く離れて会わなくなる。疎遠になる。「めがる」とも。(学研)
この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1390)」で紹介している。
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道標燈籠⑧(三七三〇歌)を撮影し、次は⑨(三七三一歌)である。撮影する。しかし写っているのはどう見ても⑩(三七三二歌)である。とりあえず味真野神社の⑫までは撮影する。ここは、ほぼ直線で道標歌碑が見通せるのであるが、⑨がない。万葉館の駐車場や味真野神社境内に移設されたのかと探してみたが見当たらない。
せっかくここまで来て見つからないと全歌碑(道標燈籠)撮影という一大目標が達成できなくなる。
戻って万葉館に行き確認することにする。⑨の道標燈籠が見当たらない旨を告げると、係りの方は「一緒にさがしてみましょう」と同僚に席を離れる旨を告げ、親切に同行していただく。「このようなお申し出はこれまではなかったですよ。」とも。
一緒に⑧と⑩の中間あたりを丹念にみていくと、道標燈籠の跡らしき正方形の形が道路に残っているのが見えた。多分交通事故に遭いどこかに入院でもしているのかも。
係の方は、申し訳なさそうに、このような連絡は受け取っていませんでしたので、改めて報告を挙げておきますのでとおっしゃった。そしてありがとうございました、とも。
ここまで付き合っていただき、丁寧な応対に逆に申し訳ない気持ちになった。こちらこそありがとうございました。
かえって思い出に残る歌碑巡りとなった。
―その1647―
●歌は、「あかねさす昼は物思ひぬばたまの夜はすがらに音のみし泣かゆ」である。
●歌をみていこう。
◆「安可祢佐須 比流波毛能母比 奴婆多麻乃 欲流波須我良尓 祢能未之奈加由
(中臣宅守 巻十五 三七三二)
≪書き下し≫あかねさす昼は物思(ものも)ひぬばたまの夜(よる)はすがらに音(ね)のみし泣かゆ
(訳)明るい昼は昼で物思いに耽(ふけ)るばかり、暗い夜は夜で夜どおし声をあげて泣けてくることばかり。(同上)
(注)すがらに 副詞:途切れることなく、ずっと。 ⇒参考:ふつう「夜」について用いる。(学研) ちなみに、昼は「しみらに」という。(伊藤脚注)
三七三二歌は、中臣宅守の娘子への純愛を詠ったものであるが、「すがらに」と「しみらに」を詠った妻の嫉妬の歌がある。これをみてみよう。
◆刺将焼 小屋之四忌屋尓 掻将棄 破薦乎敷而 所挌将折 鬼之四忌手乎 指易而 将宿君故 赤根刺 晝者終尓 野干玉之 夜者須柄尓 此床乃 比師跡鳴左右 嘆鶴鴨
(作者未詳 巻十三 三二七〇)
≪書き下し≫さし焼かむ 小屋(こや)の醜屋(しこや)に かき棄(う)てむ 破(や)れ薦(ごも)を敷きて 打ち折らむ 醜(しこ)の醜(しこ)手を さし交(か)へて 寝(ぬ)らむ君ゆゑ あかねさす 昼はしみらに ぬばたまの 夜(よる)はすがらに この床(とこ)の ひしと鳴るまで 嘆きつるかも
(訳)めらめらと焼き払ってやりたい汚らわしい小屋に、取っ払って放り棄ててやりたい破れ薦を敷いて、へし折ってやりたい薄汚い手と手、そんな手をさし交わして今頃は寝ているあんなお人なのに、日がな一日、夜は夜通し、この床がみしみしとなるほどに、私としたことが身悶(みもだ)えして嘆いている。(同上)
(注)ひしと 副詞:①みしみしと。▽物がきしむ音の形容。②びっしりと。ぴったりと。▽すき間のないようす。③ぴたっと。ぱったりと。▽急に中断するようす。④しっかりと。▽行動が確かであるようす。(学研)ここでは①の意
「さし焼かむ 小屋(こや)の醜屋(しこや)」、「かき棄(う)てむ 破(や)れ薦(ごも)」、「打ち折らむ 醜(しこ)の醜(しこ)手」と、次々と夫の浮気相手の持ち物をこき下ろし、「さし焼かむ」、「かき棄(う)てむ」、「打ち折らむ」と物騒な動作をたたきつけてはいるが、「この床(とこ)の ひしと鳴るまで 嘆きつるかも」と、夫への思いを吐露する落差が、かわいく思える歌である。
反歌もみてみよう。
◆我情 焼毛吾有 愛八師 君尓戀毛 我之心柄
(作者未詳 巻十三 三二七一)
≪書き下し≫我(わ)が心焼くも我(わ)れなりはしきやし君に恋ふるも我(わ)が心から
(訳)我が心、それを焼くのもこの私。ああ、あ、あのお方に焦がれるのも、同じこの私が心から。(同上)
三二七一歌では、悟りの心境的な歌に感じられる。男は、ホッとするかもしれない。しかし、悟りと真逆な無限地獄絵を見ることになるのがおちであろう。経験から言っても。
脱線してしまったので、万葉ロマンの道にもどろう。
―その1648―
●歌は、「我妹子が形見の衣なかりせば何物もてか命継がまし」である。
●歌をみていこう。
◆和伎毛故我 可多美能許呂母 奈可里世婆 奈尓毛能母弖加 伊能知都我麻之
(中臣宅守 巻十五 三七三三)
≪書き下し≫我妹子(わぎもこ)が形見(かたみ)の衣(ころも)なかりせば何物(なにもの)もてか命(いのち)継(つ)がまし
(訳)いとしいあなたの形見の衣、この衣がなかったら、何を頼りに命を繋いでゆくことができようか。(同上)
この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1355③)」で紹介している。
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(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「万葉ロマンの道(歌碑)散策マップ」