●歌は、「玉櫛笥二上山に鳴く鳥の声の恋しき時は来にけり(大伴家持 17-3987)」である。
【二上山】
「大伴家持(巻十七‐三九八七)(歌は省略) 伏木(ふしき)の国庁のあった台地ははすでに二上(ふたがみ)山(二五九メートル)の東麓の高地である。この台地からは手前の朝日山や鉢伏山にかくれるから、二峯ならぶ秀麗な二上の全容は、かえって高岡から伏木にくる途中あたりでいちばんよく見える。『射水(いみず)川い行き廻(めぐ)る玉匣(たまくしげ)二上山』とあるように山の南から東方へと小矢部(おやべ)川が裾をめぐり、山の北西側は、旧布勢水海(ふせのみずうみ)(氷見市)の方へと山裾をのばしている。・・・国庁址からも近く、大和の二上山と同地名でもあり、官人らにとって『春花の咲ける盛りに秋の葉のにほへる時』につけて愛敬のもたれた山だ。この『二上』の名は万葉歌中に一一出てくるなかで家持は八を占めるほど、家持の生活からはなれなかった山だ。家持は『二上山賦』の長歌・反歌をよんでいる。この歌はその反歌の一つだ。天平一九年(七四七)三月三〇日の歌でいまの五月中旬に当る。ちょうどホトトギスのころだ。二上山のホトトギスは家持の愛好するところだから『鳴く鳥』もそれであろう。越路で『時』を迎え得た喜びが見られる。」(「万葉の旅 下 山陽・四国・九州・山陰・北陸」 犬養 孝 著 平凡社ライブラリーより)
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巻十七 三九八七歌をみていこう。
■■巻十七 三九八五~三九八七歌■■
題詞は、「二上山賦一首 此山者有射水郡也」<二上山(ふたがみやま)の賦(ふ)一首 この山は射水の郡に有り>である。
(注)賦:中国の韻文の一体。感じる所をそのままに詠じた韻文。ここは長歌の意に当てたもの。(伊藤脚注)
■巻十七 三九八七歌■
◆多麻久之氣 敷多我美也麻尓 鳴鳥能 許恵乃孤悲思吉 登岐波伎尓家里
(大伴家持 巻十七 三九八七)
≪書き下し≫玉櫛笥(たまくしげ)二上山に鳴く鳥の声の恋(こひ)しき時は来にけり
(訳)玉櫛笥二上山に鳴く鳥の、その声の慕わしくならぬ季節、待ち望んだ時は、今ここにとうとうやって来た。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)
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(注)たまくしげ 【玉櫛笥・玉匣】分類枕詞:くしげを開けることから「あく」に、くしげにはふたがあることから「二(ふた)」「二上山」「二見」に、ふたをして覆うことから「覆ふ」に、身があることから、「三諸(みもろ)・(みむろ)」「三室戸(みむろと)」に、箱であることから「箱」などにかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
左注は、「右三月卅日依興作之 大伴宿祢家持」<右は、三月の三十日に、興に依(よ)りて作る。大伴宿禰家持>である。
(注)興の依りて:感興を催して。家持に目立ち、独詠歌が多い。(伊藤脚注)
この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その824)」で、高岡市伏木一宮 高岡市万葉歴史館万葉歌碑とともに、長歌ならびに反歌二首を紹介している。
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この歌の歌碑は、射水市港町 奈呉の浦大橋欄干にもある。

高岡市城光寺 旧二上山郷土資料館、高岡市二上山山頂家持像台座にもある。


高岡市城光寺 旧二上山郷土資料館、高岡市二上山山頂 家持像台座万葉歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その848,849)で紹介している。
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「二上山の賦」、「布勢の水海に遊覧する賦」、そしてこの「立山の賦」は、「越中三賦(さんぷ)」と呼ばれる
「布勢の水海に遊覧する賦」については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その813)」で紹介している。
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「立山の賦」については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その826)」で紹介している。
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(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉の旅 下 山陽・四国・九州・山陰・北陸」 犬養 孝 著 (平凡社ライブラリー)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」